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.国際  投稿日:2024/7/10

世界で吹き荒れる「現職指導層への逆風」


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2024#28

2024年7月8-14日

【まとめ】

・英で労働党が政権に復帰。イランでは改革派大統領が誕生。仏では左派連合が議会第一党に。

・各国選挙結果に共通するのは「現職指導層への逆風」。

・これらは各国特有の現象ではなく、恐らく世界共通の潮流ではないか。

 

今週も、先週と同様、世界各地で行われた選挙の話から始めよう。

イギリスでは労働党が圧勝し、14年ぶりに政権に復帰した。イランでは1997年以来、27年振りで改革派大統領が誕生した。フランス議会選挙は極右勢力が伸び悩み、左派連合が第一党になった。更に、アメリカではTV討論会で老醜を曝したバイデン大統領に出馬断念を求める声が出始めている。

うーーん、英総選挙の結果だけは予想できたのだが・・・。イランで「改革派」の大統領が選ばれるとは、ね。殆ど期待していなかったので、結構驚いている。改革派大統領といえば、1997年のハタミ大統領当選以来のこと。当時、筆者は湾岸担当の中東第二課長だったので、早速イランに出張し、現地の雰囲気を見に行った覚えがある。

当時は、ホメイニ革命から20年近くたって、イランの社会が徐々に自由を求め始めた頃。スーク(市場)に出かけると、殆どの女性がヒジャーブで髪の毛を隠していたが、中で一人だけ、美しい黒髪をヒジャーブの中から惜しげもなく出している若い女性に遭遇した。しかも、話してみたら、英語が上手なそれは美しい女性だった。

どうして髪を出しているの?どうして英語が喋れるの?などと矢継ぎ早に質問を浴びせた。彼女も臆するところもなく、色々答えてくれた。イラン社会は決してイスラム教一辺倒ではないことが分かった瞬間である。そう言えば、当時から街中のブティックでは、大胆に胸の部分が空いたミニスカートのドレスが売られていたっけ・・・。

ちなみにその美しい女性との会話は僅か3分程度、イラン女性が外国人と話しているということで、周囲に野次馬が集まり、宗教警察が近づいてきたので、大使館員に急かされて急いで退散した。何事もなくて良かったという話だが、イランは想像以上に世俗的だった。今はとても懐かしい思い出である。

されば、あれから27年もたったイランを、イスラム教の厳格解釈しかできない強硬保守派のイスラム法学者が統治などできる訳がない。選挙結果が出る前の土曜日に某テレビ局で「どうなるか」と質問され、思わず、「強硬保守派が勝つのでは?」と答えてしまった。正直なところ、今のイランでは保守派優勢は動かないと思ったからだ。

ところが続いて「もし改革派が勝ったら?」と聞かれたので、幸い、「それはイラン民衆の政府に対する不満が爆発したということ、そちらの方が大変だと思う」と答えた記憶がある。でも、ハタミ大統領時代の最大の教訓は、「改革派大統領は改革ができない」ということ。今回もあまり期待してはいけないと思う。

話を欧州に戻そう。筆者に言わせれば、今回の各国選挙結果に共通するのは「現職指導層への逆風」である。フランスでは中道勢力の凋落が進み、極左と極右の両極化現象が深刻化している。英国では保守勢力が劣化し、大失敗した「EU離脱」強行により英国経済は停滞し、民衆の不満が爆発した。

この点は今の米国もイランも同様。イランでも経済格差や政治への不満が確実に広がっているからだ。最近の保守強硬派による「イスラム第一主義」政治がイランの国際的孤立と経済制裁を招き、国民生活は困窮している。これもイスラム極右勢力の失政の結果だろう。

要するに、これらの選挙結果は決して各国特有の現象ではなく、恐らくは、世界共通の潮流ではないかと思う。されば、今の日本の保守政治は大丈夫なのか・・・。この点については今週の産経新聞WorldWatchに詳しく書いたので是非ともご一読願いたい。

続いては、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。

7月9日 火曜日 インド首相訪露、露印首脳会議(2日間)

ブラジル大統領、ボリビア訪問

7月11日 木曜日 ワシントンでNATO首脳会議閉幕

韓国中央銀行が金利決定

7月12日 金曜日 日本首相訪独、日独首脳会談

7月15日 月曜日 シリアで議会選挙

ルワンダで総選挙

最後にいつもの定番のガザ・中東情勢だが、今週も表面的にはあまり大きな動きがない。一方、水面下ではハマースとイスラエルが停戦交渉を進めているようだが、もしこれが進展するとしたら、逆に筆者はちょっと嫌な感じがする。

それは、近い将来、イスラエルが南レバノンのヒズブッラと本格戦争に入るか、もしくは、西岸地域で新たなパレスチナ人による大騒動が起こる可能性が高まっているのか、恐らくそうしたことを暗示しているかもしれないと思うからだ。一難去ってまた一難か、実に怖い話である。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:イランのペゼシュキアン大統領(2024年7月6日イラン・テヘラン)出典:Majid Saeedi/Getty Images




この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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