飯島勲内閣参与の奇妙な議論 日本の待機児童問題その2
林信吾(作家・ジャーナリスト)
「林信吾の西方見聞録」
『週刊文春』4月7日号※に、内閣参与の飯島勲氏が「保育所問題を政争の具にするな」と題した一文を寄せている。
「飯島勲の激辛インテリジェンス」という連載で、実は私も結構好きである。長年にわたって政治の裏舞台で活躍してきた人ならではの情報が、とにかく面白い。
しかしながら、この一文はちょっといただけなかった。
前回も触れた通り、民進党は保育士の給与を月額5万円引き上げる法案を提出しているわけだが、飯島氏は、これを実行するには毎年2000億円の税負担が必要だとして、次のように論難する。
「保育所の施設をつくるのは、補正予算などの一時的な財源でも、やれるところからどんどんやればいいけど、給与アップはずっと続く話なんで、恒久財源がいるぜ」
「そんなカネが国のどこにあるって言うの?(民主党政権時代の〈子ども手当〉は)財源をどう確保するか何にも裏付けがなかったから、無残に崩壊したのを忘れたのかね」
意義あり。
まず前段について言えば、1兆円の税収減をもたらしかねない軽減税率を見直して、その分、保育士の待遇改善に回せば済む話である。
ミクロの話を少しすれば、千葉県船橋市など、保育所の建物は出来たのに保育士が確保できずに開園が延び延びになっている、という実例も報告されている。ついにはあの「ふなっしー」が、
「船橋市の保育園で働いて欲しいなっしー」
などと、求人キャンペーンを買って出たほどだ。
お分かりだろうか。保育士の待遇の悪さゆえに、必要な人材を確保できないことが、待機児童問題のネックであることは明々白々なのだ。
少子化対策のもっとも基本的な政策を論じている時に、補正予算による「箱物行政」を持ち出すなど、それこそ「梨汁」で顔を洗って考え直した方がよい、と言いたくなるレベルの暴論である。
次に後段だが、これは半分正しく、半分間違っている。「子ども手当」は言わば払いっぱなしだが、保育園を確保して、働くお母さんを増やせれば、やがては税収増にも結びついてくるのではないか。それこそ「一億総括役社会」とやらのタイギメイブンではなかったか。
しかも読み進めると、
「都内でお子さん一人を保育所に預けると、税財源が四十万円必要になってしまう。オレの個人的な意見としては、だったら国が二十万円をお母さんに直接支給して、働きに出ないで子育てに専念してもらった方が合理的じゃないかって気もしなくもないぜ」
「だけど、安倍内閣は一億総括役社会の柱として女性の活躍を掲げているしね。(中略)女性の意欲を後押しする内閣だから」
衣の下の鎧が見えたな、と感じたのは、私だけであろうか。
一見するとこの「個人的な意見」は、民主党政権時代の「子育て手当」を罵倒したくだりとの自家撞着に目をつむれば、少子化対策と言えども、できるだけ税負担の軽減を図りたいという、至極まっとうな発想に思える。
しかしその実は、女性は子供を産んだら当面は社会的な活動よりも子育てに専念するのが「合理的」だとの本音を吐露しているに過ぎないのだ。
さらに言えば、安倍内閣の言う「一億総括役社会」とやらは、端的に
「年金とか、福祉はもはや当てにしないで、みんな働いて税金納めてほしい」
との本音を、働く意欲を持つ高齢者や女性を後押しするとの甘言で包み隠しているのではないか。飯島氏の一文を読んで、ますますその疑いを強くした。もちろんこれは私の「個人的な意見」であるが。
それよりなにより、野党が仕掛けた国会論戦も、それに対する飯島氏の論難も、保育の現場における子供の立場というものが、きれいに忘れ去られているのではないか。
次回、元保育士や現役幼稚園教諭の声を紹介しつつ、この問題に斬り込む。
※ 引用は全て同誌47頁より。本文でも述べたが、大変面白い連載だと思う。
(「死ね」とまで書かれた国 日本の待機児童問題 その1 もお読み下さい)
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。