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.国際  投稿日:2016/4/18

フィリピン自衛隊派遣 反発する中国


     野嶋剛(ジャーナリスト)

「野嶋剛のアジアウォッチ」

先週、中国のメディアから相次いで取材や出演の依頼が舞い込んできたので驚かされた。なにかと思えば、フィリピンで行われた米・フィリピンの定例合同軍事演習「バリタカン」への海上自衛隊のオブザーバー参加についてであった。

日本側は合同演習に護衛艦二隻と練習潜水艦一隻を派遣した。日本では、この件はあまり大きな話題になっておらず、多少はメディアで報じられたが、ニュースとしては第一級どころか、第三級のレベルの扱いだった。一方、中国では連日、新聞やテレビなどのメディアがトップニュースで扱った。

こうした国ごとのニュース価値の判断は「国情の違い」などでは済まない脅威認識の違いが表れることが多い。日本が大騒ぎすることを、当事者のもう一方である外国が大騒ぎするとは限らない。逆もまたしかりだ。むしろニュースの価値判断は、国によって異なっている方が当たり前で、中国側の現状認識を観察することも多少楽しみながら、中国メディアの質問を受けた。

出演したのは、中国・香港のフェニックステレビのニュース番組「全球連線」という生放送の討論番組と、中国最大のネット企業である騰訊(テンセント)が持つ「騰訊新聞」というウェブニュースの動画討論番組だった。フェニックスは東京のスタジオで出演し、「騰訊新聞」は日本の自宅から、スカイプで出演した。ちなみに、中国のメディアからスカイプ出演の依頼を受けることは少なくない。かなり中国では普遍的な国外ゲストの出演方法のようで、確かにコストがかからないし、私の映像さえあればいいのだから何ら問題ないという感じもする。

 先方の質問にはいくつか共通するものがあった。一つは「なぜ、日本はフィリピンに軍艦を派遣し、あえて中国を刺激するのか」という質問だった。また、日本が将来、中国が「事実上の空母」と呼んで警戒する大型護衛艦「いせ」をフィリピン海域に派遣することを検討していることについても質問された。

私は「南シナ海に自衛隊を派遣したのは、合同演習の主催者である米国並びにフィリピンからの要請であり、中国を刺激するためにやったものではない。もちろん、自衛隊の参加に対し、中国が警戒感を持つことは理解できる。しかし、米、フィリピン、日本などがこの合同演習を重視しているのも、中国の積極的な南シナ海への進出が招いたいものだということを、中国も理解すべきではないか」と答えた。「いせ」の派遣については、私は軍事専門家ではなく軍事的な意図の説明はしかねたので、「高い能力を持った艦船の運用を優先して考えるのは、訓練や演習の基本ではないか」とだけ答えた。

また、かつて日本が第二次大戦で参戦した海域であるフィリピンのスービック湾に軍艦を派遣することは、その負の歴史を考えれば、中国や周辺国を刺激するものではないか、という質問も受けた。

これに対しては、「過去の歴史的経緯は、日本だけでなく、相手国も承知している。今回、日本はあくまでもオブザーバーとして行っているのだが、相手国の招待がなければ行けるものではない。そして、私の知る限り、中国以外で、今回の自衛隊の合同訓練参加に対して、強い反発や懸念が表明されていない」と回答した。この部分は、フェニックスによってあとで同社のウェブニュースで発信されることになった。

中国メディアの言いたいことは、よく分かる。日本は直接の領土問題の当事者ではないのに、南シナ海に手を出すのはどうしてなのか、という疑問だ。そしてそこには政府の意向も間接的に反映されているだろうし、もちろん中国社会全体の認識でもあるのだろう。それは日米同盟の現状、米国の対中政策の変転、日本の安全保障関連法の可決・施行、日本世論の厳しい対中認識など、いろいろ説明しなくてはならないが、数分程度の出演ではなかなか語り尽くすのは難しい。

「今後もフィリピンとの軍事協力は深まるだろうし、その路線は昨年の安全保障関連法の可決のときにすでに既定路線になっていたので、いまは日本では大きな議論になっていない」と答えるにとどめた。

かつては、こういう問題が生じたとき、中国の主張に雷同する国がアジアにいくつか現れ、日本に対する批判の包囲網が形成され、中国の声を日本が深刻に受け止めざるを得ない数的不利の構図となった。

しかし、いまのアジアは様相が違っていて、特に南シナ海問題については、中国以外に中国の味方は事実上見つけにくい状況である。韓国も最近は沈黙しているし、フィリピンもインドネシアもベトナムも台湾も警戒し、日本ももちろん批判的だ。つまり国際世論の中国包囲網が形成されているのである。

今回、中国国内において日本の「南シナ海」への自衛隊派遣に対して、批判のトーンを上げたことで、逆にその孤立感が浮かび上がる形になったのは皮肉なことである。中国はこうした現実をしっかり受け止めたうえで、南シナ海問題に対する強硬姿勢が今度緩和の方向に向かい、現状維持のなかでどうやって各国の妥協点を見いだすかという原点に立ち返ることを期待している。

トップ画像: 「大型護衛艦「いせ」」海上自衛隊HPより引用


この記事を書いた人
野嶋剛ジャーナリスト

1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。1992年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学の後、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。在職中に法政大学大学院でODAに関する日中関係論で修士号取得。その後、政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月からフリーに。中国、台湾、香港、東アジアなどを主なフィールドとして執筆活動を行っており、日本、中国、台湾のメディアでコラムを多数持っている。これまでの著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版され、現地で高い評価を受けている。

【著書一覧】

『イラク戦争従記』(朝日新聞社、2003年)

『ふたつの故宮博物院』(新潮選書、2011年)=『兩個故宮的離合』のタイトルで、中国、台湾で翻訳出版。中国で年度最優秀図書賞(社会科学部門)を受賞。

『謎の名画・清明上河図』(勉誠出版、2012年)=『謎一樣的清明上河圖』のタイトルで、中国、台湾で翻訳出版

『銀輪の巨人ジャイアント』(東洋経済新報社、2012年)=『銀輪巨人』のタイトルで、台湾で翻訳出版

『チャイニーズ・ライフ』(訳書・上下巻、明石書店、2013年)=日本政府文化庁メディア芸術祭優秀賞

『ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち』(講談社、2014年)=『最後的帝國軍人 蔣介石和白團』のタイトルで、台湾で翻訳出版

『認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾』(明石書店、2015年)=『銀幕上的新台灣』のタイトルで、台湾で翻訳出版

『故宮物語』(勉誠出版、2016年4月)=『故宮90話』のタイトルで、台湾で翻訳出版

『台湾とは何か』(ちくま新書、2016年5月刊行予定)

野嶋剛公式サイト】http://nojimatsuyoshi.com/

野嶋剛

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