HPVワクチン副反応の診断基準は単なる仮説
久住英二(医療法人社団鉄医会理事長)
2016年6月1日、パシフィコ横浜にて開催された第19回国際細胞学会議にて信州大の池田修一教授の講演を拝聴しました。
題は“Neurological manifestations following HPV vaccine immunization.”
日本語にすると、HPVワクチン接種後に出現する神経学的兆候、でしょうか。内容は、先の厚労省の研究班発表会で発表されたものと同様。ただしメディアで大きく取り上げられた HLA(Human Leukocyte Antigen=ヒト白血球抗原)との関連については、全く触れられていませんでした。
講演の概要
3年間の同様症状の患者の診療経験から、独自の診断基準を作成し、診断した。2013年6月から2016年3月末までに受診した123人のうち、ほかの疾患(全身性エリテマトーデス、てんかん)と診断したものが 25人で、98人を“Probable HPV vaccine related”と診断した。年齢は13〜36歳で、接種から発病までの期間は平均10.8±12.3ヶ月。症状は頭痛、筋力低下、歩行困難、そして学校に行けないなどであった。
頭痛、全身倦怠感、起立性低血圧、四肢の疼痛などの症状は、不正確な診断、不十分な治療、学校生活での何らかのストレスが精神的不安定さを引き起こし、パニック発作の原因となっている可能性がある。
短い文章が記憶できない、簡単な計算ができない、など高次脳機能障害も引き起こされている。中には親が娘をして“She become strange foolish”と形容するような実例があった。
治療は、ステロイドパルス療法や、免疫グロブリン大量注射、アルツハイマー病治療薬を用いた。
問題点1:診断の誤り
『独自の診断基準に基づいて診断した』とのことであるので、私は「診断基準はどのような科学的根拠に基づくのか?」と質問しました。
池田氏の返答には、科学的根拠についての説明はありませんでした。それは診断基準が仮説に過ぎず、科学的吟味を受けていないことを意味するのでしょう。その代わり、氏は‘We have no direct relationship between HPVV and the development of these symptom’、=「ワクチンと症状との直接の因果関係は不明」と返答しました。
池田氏の言動には大きな矛盾があります。氏は因果関係を不明としつつも、プレゼンテーションスライド中にて“Probable HPV vaccine related”(HPVワクチンと関連することがかなり確実)との記載をしています。
さらに、「この年代の女子における起立性低血圧(OH)は珍しい病態ではないが、なぜHPVワクチン関連と診断できるのか?」と質問したところ、池田氏は「OHと複合性局所疼痛症候群が合併するのは極めて希であるからだ。」と返答しました。
診断基準であるからには、ワクチン接種群と非接種群とで、症状の出現率に差がなければなりません。そして、一つの症状だけでは診断の正確性が低いため、複数の項目の有無を評価することで、診断基準の感度と特異度を極力高めるのが通常です。しかし、池田氏の返答からは、そのような統計学的吟味の有無についてのデータ紹介、言及は全くありませんでした。
他院で心因性と診断されたが、症状がHPVワクチンによるものと強く疑って受診している場合があるそうです。確認のため質問したところ、「ほかの医師が診察の上、症状とワクチンの関連はないことを詳細に説明されたが、保護者がHPVワクチンとの因果関係を強く信じており、当院を受診するケースが複数あった。」との返答でした。
患者および保護者の強い思い込みは、往々にして正しい診断、治療から本人達を遠ざけることになり、有害です。このことは池田氏も理解しているはずです。症状が生じた原因の一つとして、HPVワクチンを候補に挙げるのは構いませんが、ワクチンが原因だとの思い込みを強化するような池田氏の言動には疑問を抱かざるを得ません。
問題点2:不確実な診断の割に毒性の高い治療
氏は治療としてステロイド大量投与や、免疫グロブリン大量注射などの治療を行ったと発表しています。ステロイドパルス療法は、自己免疫疾患で用いられる毒性の高い治療法で、益>害を確信した場合に実施すべきで、氏はどのようなケースに治療を行ったのか詳細なデータを公表する義務があります。
ステロイドパルス療法は高血圧、糖尿病、ステロイド精神病、満月様顔貌、筋力低下など様々な副反応を起こします。免疫グロブリン大量注射は高額ですし、通常は一時的な効果しか得られず根本治療とはなりません。慢性炎症性脱髄性根神経炎や特発性血小板減少性紫斑病などの自己免疫疾患に対して用いられます。血液製剤ですから、現在では極めて安全性が高まっているものの、感染症のリスクはゼロではありません。
アルツハイマー病の治療薬は、短時記憶障害=認知症の中核症状に対し、経験的に有効性を期待して用いたのだろうと推測されます。当然、適応外使用ですし、倫理委員会承認の上で臨床試験としての実施が望ましいです。医学部教授のみならず医学部長の要職にある池田氏にとって常識のはずです。
少なくとも、科学の立場に立つものとして、患者の詳細な情報と、治療経過、効果と副作用についてピアレビュージャーナルに発表し、吟味を受けるべきでしょう。
まとめ
池田氏の発表は、研究室のカンファレンスですら手厳しい批判を受け、とても学会の地方会にすら発表することを許されないレベルです。このような研究者の存在がHPV ワクチンの副反応を過大に見積もらせ、HPVワクチン接種忌避者を増加させます。予防できる子宮頸がん患者が発生し続ける日本の将来を憂慮しています。
トップ画像:Jan Christian @ www.ambrotosphotography.com/Flickr
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この記事を書いた人
久住英二医療法人社団鉄医会理事長
医療法人社団鉄医会理事長。日本内科学会認定内科医、日本血液学会認定血液専門医。1999年、新潟大学医学部卒業。2006年より東京大学医科学研究所・先端医療社会コミュニケーションシステム・社会連携部門客員研究員として、忙しく働くビジネスパーソンこそ現代の医療弱者である、と医療提供体制の改革を目指し、2006年、コラボクリニック新宿プロジェクトに参画。2008年、JR立川駅の駅ナカに、平日21時まで診療する「ナビタスクリニック立川」を開設した。ワクチン問題にも造詣が深く、日本での導入が海外より20年も遅れたヒブワクチンなどを個人輸入して提供した。現在は子宮頸がん予防ワクチン問題でも積極的に情報発信している。