朝日新聞 若宮啓文氏を悼む その2 夢が紡ぐ「弾圧」とは
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
私としては朝日新聞の若宮啓文氏の書く記事はその内容の実質面にもちろん反論があったが、それ以前に彼の主張のプレゼンテーションの手法に大きなゆがみがあると感じた。意見を表明していくその言葉の表現方法や理屈の立て方に常識を欠く不公正な特徴があったのだ。
そのへんを主題にして私はオピニオン雑誌『諸君!』の2007年3月号にかなり長い論文を発表した。「若宮啓文朝日論説主幹の毀れた『風向計』」という題となった。この論文は私としては若宮氏への公開質問状のつもりだった。
私のこの論文は朝日新聞の2006年12月25日朝刊に載った若宮氏の「風考計」というコラムを主題としていた。このコラムには「言論の覚悟」「ナショナリズムの道具」という見出しがついていた。
その若宮論文の冒頭の記述は以下のようだった。この部分の引用はかなり長いが、若宮氏の奇妙な筆法とレトリックのエッセンスを映し出しているため、あえて原文のまま再録する。私の『諸君!』論文もこの若宮コラムの冒頭の引用から始まっていたのだ。
≪ 教育基本法に「愛国心」が盛り込まれ、防衛庁が「省」になることが決まった日の夜だった。
「キミには愛国心がないね」
学校の先生にそうしかられて、落第する夢を見た。
いわく、首相の靖国参拝に反対し、中国や韓国に味方したな。
卒業式で国旗掲揚や国歌斉唱に従わなかった教職員の処分を「やりすぎ」だと言って、かばったではないか。
政府が応援するイラク戦争に反対し続け、自衛隊派遣にも異を唱えて隊員の動揺を誘うとは何事か。
自衛隊官舎に反戦ビラを配った者が75日間も勾留されたのだから、よからぬ記事を全国に配った罪はもっと大きいぞ、とも言われた。「そんなばかな」と声を上げて、目が覚めた。
(中略)思えばこの間、社説ともども、小泉首相や安倍首相らに失礼を書き連ねた。夢でよかったが、世が世なら落第どころか逮捕されていただろう≫
以上が私の論文の冒頭での若宮コラムの紹介だった。ここから私自身の論文に入っていく。その古森論文の骨子が以下だった。
≪若宮氏はこの論法で自分たちの言論に反対する側は「逮捕」とか「勾留」という強制的な行動で弾圧してくるのだと示唆する。「小泉首相や安倍首相らに失礼を書き連ねた」ことを「逮捕」という弾圧に結びつける。
国旗掲揚や国歌斉唱、靖国参拝に反対すれば当局の強制的な懲罰が下るとも述べる。だが実際にはそんなことはない。それを自分の「夢」を借りて、いかにも現実の出来事でありうるかのように提示する。そもそも全国紙の中心的なコラム記事が筆者の眠っていた間に本当に見たのかどうかもわからない夢を根拠にして論評を進めるなんて、とんでもない≫
≪若宮氏は自分たちの言論に対しては物理的な弾圧や無法な抑圧が加えられるかのように書くが、実は若宮氏の主張に反対する意見も同じ言論なのである。一定の言論に対して反対の言論がぶつけられることは、民主主義社会の基本なのだ。だが若宮氏は自分たちの言論への反対側はみな言論活動ではなく、弾圧行動で報復してくるかのように描いている≫
(その3につづく。その1、全5回。毎日11:00に配信予定。この記事は雑誌月刊「WILL」2016年7月号からの転載です)
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。