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.国際  投稿日:2016/7/16

南シナ海仲裁裁判所裁定その2 「九段線」却下


                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

■「九段線」の歴史的根拠退けられる 

7月12日の裁定では、まず、「九段線」による「歴史的権利」主張は、国連海洋法を受け入れた時点でそのような権利は失効した、とした。海洋法の下では、他国の排他的経済水域に対するアクセスは、当該国がその水域で許容範囲の漁獲量を取得できない時といった一定の状況下でのみ許されるとの判断である。

また、南シナ海は、海洋法が効力を発揮する以前においては、法的には「公海」であり、中国の漁船がその中の島々を利用したことはあっても、中国が歴史的に南シナ海の海域に対して排他的権利を行使したことはなく、他の国がこの海域で漁業などを行っていてもこれを阻止したこともない、とした。

南シナ海における島や岩礁などについては、海洋法の下では、これらが満潮時に海面上であればそこから12海里領海の権利などが生じ、海面下に水没すると生じない。フィリピンが判断を求めた中で、スカーボロー礁など4つの岩礁は満潮時に海面上に残るが、スビ岩礁等4つは水面下となり、フィリピンが海面下になるとしたギャヴェン岩礁など残りの二つは海面上に残るとした。

海洋法の規定では、島の場合には、そこから200海里まで排他的経済水域と大陸棚への権利が生ずるが、岩や岩礁の場合には、それ自体では人間の居住や経済の営みを可能にすることはできないため、排他的経済水域と大陸棚への権利は生じない。仲裁小法廷は、南沙諸島においては埋め立てやインフラ建設を通じて状況を修正しているが、そこに現在人がいること自体で権利が生じる能力を確立するわけではないとしている。

歴史的にみても、これらの岩礁で生活を営む人達がいたわけではないことから、満潮時に海面上に残る場所は法的には「岩」とみなされるとした。その中には、イトゥ・アバやティトゥ、西ヨーク島、南沙島、北東洲、南西洲なども含まれる。

南シナ海における中国の一連の行動に関しては、まず、ミスチーフ礁、第二トーマス礁、リード岩礁については、満潮時に海面下になることから、フィリピンの200海里排他的経済水域の範囲に入り、中国の排他的経済水域には入らないとした、この海域において、中国はフィリピンによるリード礁での石油探索を妨害し、フィリピン漁船の操業を禁止し、ミスチーフ礁や第二トーマス礁で中国漁船による漁業を許容し、ミスチーフ礁でフィリピンの許可なしに施設や空港の建設を行った。これらの行為は、フィリピンの排他的経済水域と大陸棚への主権に違反したとされると結論づけた。

スカーボロー礁での伝統的漁業については、満潮時に海面上に残ることから領海の範囲に入るが、この裁定ではどちらの主権が及ぶかについては決定するのではないため、どちらの国の漁船も操業することができ、中国がフィリピンの漁船の操業を認めない行為は違反とした。

中国の行動の海洋環境への影響については、南沙諸島の7か所での中国の大規模な埋め立てや人工島の建設はサンゴ礁に甚大な影響を与えているため、海洋法で規定している危機に瀕する海洋資源の保護義務に違反しているとした。

また、中国の漁船が絶滅に直面するウミガメやサンゴ礁、オオシャコガイを収穫し、中国政府はこれを認識していたにも関わらず阻止する義務を怠ったとした。

スカーボロー礁に入ろうとしたフィリピンの船が、2012年4月と5月に二度にわたり中国の船が近接近してこれを阻止した行為は危険行為であり、海洋法に反する、また、大規模な埋め立てや建設は、係争中の問題については、これを悪化させる行為はしないとの海洋法下の義務に反したとした。そして、中国もフィリピンも国連海洋法を受け入れており、この裁定に従うべきだと両当事者に訴えた。

フィリピンはこの仲裁裁判所の裁定を受け入れることを表明したが、中国は自らの主張を繰り返し、この裁定の受け入れを拒否するだけでなく、裁判官の中立性などにも疑問を投げかけ、多くの国が中国の立場を支持しているとして、反論キャンペーンを張っている。

中国は、国際秩序維持に自国の国益を見出す体制派なのか、それとも自らの国益を全面に出して国際秩序に挑戦する修正派なのか、その行動は対中政策を考える上でも大きな試金石となる。

その1もあわせてお読み下さい。)


この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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