夢中に自覚的であるということ
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
さて、今このコラムを書いているのは7月25日月曜日、京都に向かう新幹線の中です。多くの方々と同じように先週末はPokemon Goでモンスターを100匹ほどゲットしました。久しぶりに夢中でゲームにはまっています。
夢中は競技者としてはとても大切な能力です。夢中になれる力が強ければ強いほど、深く没頭することができトレーニングにしても試合でパフォーマンスするにしても有利に働きます。一方で夢中になることに弊害もあります。昔、こんな質問をもらって考え込みました。
「夢中と依存は何が違うのですか?アスリートでギャンブル依存症だったと診断された人がいたと思うのですが、彼も夢中だったと思うんです。スポーツに夢中になることは素晴らしいと言われ、ギャンブルに夢中になってはいけないと言われる。夢中 と依存は、何が一体違うのですが。それとも違わないんですか」
夢中と依存の違いはなかなかに難しいと思います。両者ともにそれだけで頭がいっぱいになり、やっている間は没頭していて、しかも興奮して面白くて、ずっとそれをやり続けていたい。夢中も依存症も、コントロールが極めて効きにくいのが特徴です。
誰もが、英語の勉強や、ダイエットなど継続が難しいものに夢中になりたいと思っているのですが、つい手元のゲームや、遊びに夢中になってしまいます。人は夢中になる対象を選ぶことが難しいわけです。
私は夢中を二つに分けて考えていました。夢中にさせられている状態と、夢中になっている状態の二つです。前者は誰かによって自分は夢中にさせられているのに対し、後者は自分が自分を夢中にさせていると考えていました。依存症は前者です。自分に拒否権がないからです。
アスリートであれば、競技人生の前半はコーチがついて競技をすることが多いですから、トレーニングメニュー、目標などもすべてコーチが作ることも珍しくありません。そうなると、夢中で競技をやっているようにどの選手も感じています。
ところが、ある年齢(だいたい20歳を超えたあたりですが)を過ぎて自分で目標を決めたり、メニューを決めたりするようになると、途端にどうしていいかわからない選手と、ちゃんとやり切れる選手が出てきます。差はどこにあるか。自分で自分を夢中にさせることができるかという違いです。
私は18歳からコーチをつけないで競技を行うというやり方を選んできました。そのおかげで、大変なスランプにもなり、悩みもしましたが、自分を上手に没頭状態に持って行くというやり方をそれなりに学んだように思います。個人的に気を付けていた内容は下のことです。
1、自分でゴールを決める
ーどの程度の難易度であれば、どの程度の期間であれば、どういったゴールであれば自分が夢中になるのかを実験し、合うものを採用する。
2、自分でルールを決める
ーどんな制限をかければ自分の発想が掻き立てられ夢中になるのかをよく知り、そういう制限を自らかける。
3、自分で工夫をする
ー自分で考え、自分で仮説を立て、自分で検証し、もう一回考え直す
自分自身を、ある物事に反応する犬かロボットのように考えていて、自分が向かうべき方向に没頭して向かってくれるように(最善ではなく出来うる限りです)、練習場所や時間、メニュー、トレーニングパートナー、考え方を設計していました。
これから人々の時間にはもっと隙間が生まれていき、その時間を奪い合ってより人を夢中にさせるものが誕生していくと思います。その時に、自ら夢中になっているのか、それとも夢中にさせられているのかに自覚的になっておく必要があると思います。 そうでなければ、人生が誰かが作ったゲームの上をひたすらに転がっていくことになりかねません。
そういえば、私の場合夢中を作る上でとても大事にしていることがありました。それは目的が達成された時に、誰にどんな影響を与えることができるかです。金メダルを取ったらさぞかしみんなびっくりするだろう、それが私を夢中にさせていました。人それぞれに違いますが、夢中の先に何があるのかが大事な人もいると思います。私はいたずら心でした。
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。