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.国際  投稿日:2016/9/14

インドネシアのテロ組織、発火寸前 シンガポール攻撃計画も


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

インドネシア・スマトラ島の東部、南シナ海の最南部ナツナ海とマラッカ海峡を結ぶ海に浮かぶリアウ州バタム島が今注目を集めている。インド洋と太平洋を行きかう日本を含めた多国籍の商船、タンカーなどが通過する海の要所に近い島であるとともにバタム島はシンガポールに約20キロの近さというその地理的条件が注目を集める大きな要因になっている。

8月5日、インドネシア国家警察はバタム島でイスラム過激派組織の幹部を含むインドネシア人6人を反テロ法違反容疑で逮捕したと発表。9月3日には、バタム島を拠点に活動していた同じ組織のメンバーをさらに逮捕した。

新たなテロ組織KGR

この二つの事件で逮捕された容疑者らはいずれも「カティバ・ゴンゴン・ルブス(KGR)」という聞きなれない名前のテロ組織であり、「なぜバタム島にテロ容疑者がいたのか」という疑問を解く二つの重要なカギが「バタムの地理的条件」に隠されている。

その一つは、KGRが中国からの分離独立を求めて武装闘争を続ける新疆ウイグル自治区の組織「東トルキスタン・イスラム」から複数回の資金援助を受けていたことで、インドネシアのイスラム組織とウイグルのイスラム組織の間の資金ネットワークの存在が裏付けられたことである。

中国からタイ、マレーシアそしてシンガポールを経由してインドネシアに潜入、あるいはインドネシアを経由して中東方面に向かうウイグル人たちをバタム島のKGRメンバーが支援するという人的つながりも確認されている。つまりバタム島はウイグル人とその資金が中国と中東を行き来する中継点でもあるのだ。

■ロケット砲でシンガポール攻撃?

そしてもう一つが、KGRが計画していたとするテロ攻撃の内容だ。それはロケット砲でバタム島から対岸のシンガポールを攻撃するというもので、狙われたターゲットはシンガポールの海沿いに位置する観光スポット「マリーナベイ地区」だった。直線距離で約20キロ離れたバタム島からシンガポールの一角を果たしてロケット砲で正確に攻撃できるのかという純粋な技術的疑問は、インドネシア国家警察が押収したとするロケット砲の詳細を明らかにしていないのでにわかに即断できないが、国境を越えたロケット攻撃という着想がこれまでにない新手法だった。

インドネシア軍関係者は「中東のテロリストらが使用する肩に担いで使用するロケット・ランチャー(RPG)ではとてもシンガポールまで到達しない。正確にシンガポールの一角を狙うには、射程が長くレーダー誘導装置のついた高精度の大型ロケット砲が必要になる。それはもうテロ組織ではなく軍隊組織の装備品の類になる」としており、KGRのシンガポール攻撃計画は「船で接近して至近距離から発射」するか「宣伝効果と恐怖心拡大を狙ってシンガポール領内にとにかく着弾さえすればいい」「あるいは沖合を行き交う商船やタンカーを攻撃する」というような計画だった可能性があると分析する。

バタム島は国際空港とともにシンガポールからの直行フェリー、高速船が到着する玄関口で、その気になれば船での密入国も比較的容易な距離にある。バタム島はまたシンガポールの富裕層中国系市民や外国人観光客の遊び場としても知られている。船着き場に近い繁華街ナゴヤは週末ともなると、飲食店やカラオケ店が軒を連ねる歓楽街にシンガポール人、インド系市民、欧米の外国人などがあふれ、中国語や英語など各国語が飛び交う。それだけに過激派メンバーのウイグル人が潜伏するには格好の地区でもあるのだ。

■手柄、誇示を狙う新興テロ組織

このKGRという組織は7月にインドネシア・ジャワ島中部のソロで市警本部が爆弾テロ攻撃を受けた事件の容疑者とも関係があるとされ、ウイグル人組織と連携しながら組織の拡大を図ろうとしているとして治安当局が警戒を強めている。

インドネシアのイスラム過激組織はかつてアルカイダとの関連が指摘された東南アジアのテロ組織「ジェマ・イスラミア(JI)」が各地で爆弾テロを実行したが、治安当局による壊滅作戦や精神的指導者の逮捕で勢力を弱め、代わってJIから分派した少数過激組織が各地に誕生している。スラウェシ島中部のポソを拠点としていた「東インドネシアのムジャヒディン(MIT)」やジャワ島中部ソロで活動する「西インドネシアのムジャヒディン(MIB)」、そしてバタム島のKGRなどである。

いずれも中東のテロ組織「イスラム国(IS)」との連帯を標榜し、ISメンバーのインドネシア人の指示を受けているとも指摘されているが、小火器や手製爆弾による小規模、ゲリラ的テロでソフトターゲットを狙うという戦術で存在感を誇示しようとしている。

■今も明日もそこかしこにある危機

1月の首都ジャカルタ中心部でのテロ、7月のソロ市警本部の自爆テロ、8月には爆発物に使用する予定の化学物質を所持していたテロ容疑者がスマトラ島ランプンで逮捕、と既遂、未遂を含めインドネシア全土には危うい状況が静かにしかし確実に醸成されつつある。

インドネシア各地で蠢動を始めているこうしたテロ組織は当局の厳しい取り締まり、摘発で追い込まれているのも事実で、「窮鼠猫を噛む」状態によるテロへの懸念も高まっている。彼らは過激ながらも規模が比較的小さい組織でメンバーも少ないことなどから「最小限の実力行使で最大限の効果」を狙っていると治安当局ではみている。イラクやシリア、アフガニスタンなどでの自爆テロや自動車爆弾という大規模テロよりは公共交通機関や一般市民、外国人を狙ったテロへの警戒が不可欠だ。

過去にインドネシアでテロの標的となったのはバリ島のディスコやレストラン、ジャカルタの米国系カフェ、米国資本のホテル、オーストラリア大使館、キリスト教教会とその大半は外国人を含めて人が多く集まるソフトターゲットである。それだけに今後、人の多く集まる、特に非イスラム教徒や外国人が集まるショッピングモールや映画館、ターミナル駅や空港、バリ島やボロブドゥール、そしてバタム島などの観光地などでは特に警戒する必要があると治安当局は呼びかけている。テロはまさに「インドネシアの今、そこにある危機」なのである。

トップ画像:出典 Wikimedia Commons/photo Jean-Luc BARRAUD


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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