オバマの否定でトランプ勝利
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカ大統領選での共和党ドナルド・トランプ候補の民主党ヒラリー・クリントン候補に対する圧勝は全世界に衝撃波を広げた。アメリカでも、そして日本を含む諸外国でもこの戦いはクリントン候補が確実に勝つだろうと予測されていたからだ。
だがアメリカ国民の多数派はトランプ候補の支持という道を選んだ。トランプ氏は各州を代表する選挙人の人数ではクリントン候補を圧したが、一般得票数では僅差とはいえ、より少なかった。だが大統領選挙の勝敗はあくまで各州選挙人の合計で決まる。両陣営もその方法を熟知したうえで選挙戦を推し進めるから、一般得票でたとえ優位に立っても意味がないのである。
さてトランプ氏は当初は暴言や放言を繰り返し、政策論も明確には語らなかった。もっぱらクリントン氏の欠陥や弱点、醜聞を叩くネガティブ・キャンペーンに終始した。だから彼がなぜ勝ったのかの分析は難しい。当のアメリカでもまだまだ無数の専門家たちが試行錯誤の原因探究を続けている。だが一つだけアメリカの各方面で明確にされてきたのは、この選挙でトランプ氏はクリントン氏に勝ったというよりも、実はオバマ大統領に勝ったという実態である。この点、日本での分析はまだそこまで検証の光が届いていないようだ。
アメリカ国民の多数派はなぜトランプ氏を支持したのか。その理由の説明で最も広く受け入られているのは「国民が現在のアメリカの状態に不満を抱き、怒りを感じたからだ」という趣旨である。つまりは現状への怒りというわけだ。
ではその現状をつくり出したのはだれか。だれかひとりにその責任をしぼるとすれば、いうまでもなくオバマ大統領である。オバマ大統領が政権を握り、最高指導者として8年間も統治を続けてきた。その結果の現在のアメリカの政治、経済、社会、文化などの特徴はオバマ政権の8年間の国の運営の仕方の帰結だろう。
いまのアメリカの現状については「貧富の差の拡大」「社会の分裂」「白人中間層の沈滞」というような特徴が指摘されてきた。いずれもオバマ政権の政策の結果としか考えられないだろう。そうした現状へのいわゆる普通のアメリカ国民の間の怒りが高まり続けたわけだ。
トランプ氏はこの現状に同じように怒りをぶつけ、叩いたのだ。そして多くのアメリカ国民、とくに所得だと中低層、教育程度だと高校卒の白人労働者を主体とする人たちがどっとその怒りのメッセージに同調したわけだ。というよりもそうした現状不満層の怒りをトランプ氏がすくいあげたということだろう。
だからトランプ氏が最大の攻撃の標的としたのはクリントン氏よりもオバマ大統領だったといえる。ただしクリントン氏もオバマ大統領と同じリベラル路線をとるだろうとはみなしていた。
トランプ氏は選挙戦中、政策を正面から語ることは少なかったが、その限られた政策発言をみると、ほぼすべてオバマ統治の否定であることがわかる。オバマ大統領が内政では最大の精力を注いだ医療保険改革「オバマケア」の撤廃をトランプ氏は公約した。「オバマケア」はリベラル路線の「大きな政府」策の集大成のような施策だった。トランプ氏はそのリベラル策を正面から排除したわけだ。
オバマ氏が社会の最下層の弱者や貧者の救済を「社会福祉の聖域化」として優先してきたのに対し、トランプ氏はそれよりはもうちょっとだけ上の層の白人労働者と呼ばれる人たちの福祉への配慮を強調したのである。
トランプ氏は対外政策面でもオバマ否定の目標を次々に掲げている。そのへんは今後の報告で説明していこう。とにかくいまのトランプ氏の勝利はオバマ政権の8年の総括の否定なのだという基本を認識しないと、今後のトランプ政権の動きの読み方が難しくなるのである。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。