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.国際  投稿日:2017/1/9

トランプ政権、対中強硬策始動


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

ドナルド・トランプ大統領の下でのアメリカ政府が中国に対して厳しい態度をとり、米中両国が険しい対立の時代を迎える、という予測をすでに書いた。当サイトの昨年12月29日、【大予測:米中関係】トランプ外交で激突の時代へ、という見出しの報告だった。

それ以降、わずか10日余りの間にも、トランプ新政権が中国に対して強固な対決姿勢を取る展望がますます強くなってきた。アメリカの歴代政権の対中政策ではほぼ死語になっていた「封じこめ」という表現さえがトランプ陣営周辺では口にされるようになった。

それにしてもトランプ氏のオバマ政治否定はものすごい。オバマ大統領の8年の主要政策すべてを否定、いや正反対へと変える逆転の構えなのだ。オバマ大統領が任期中の全体を通じても最大の精力を注いだオバマケア(医療保険改革)をトランプ氏が議会共和党と組んですでに新議会の初日に撤廃の措置を取り始めたことが典型例である。

対中政策も似た進路を取ることが確実となってきた。トランプ政権はオバマ政権とほぼ正反対の言動をとる見通しが強くなったのである。

オバマ政権は中国には関与と抑止、協力と反対の両方の政策を公式には唱えてきた。だが現実には中国の軍事力を背景とする強引で無謀な行動に対して融和を求め続けた。その背景には一貫してオバマ氏自身の極端な軍事忌避という潮流があった。対立や対決を嫌うというのもオバマ氏という政治家の基本的な特徴だといえる。トランプ陣営は選挙中からオバマ氏のその中国に対する姿勢を軟弱かつ危険だと非難し続けた。当選後のトランプ氏の言動は反オバマ的対中政策の構図を打ち上げ花火のように明確にしていった。

台湾の蔡英文総統との電話会談、「一つの中国」原則の破棄をも示す予想外の言明、中国を抑止する軍事力増強の再確認、対中強硬派の人物たちの新政権要職への登用・・・などの措置は一定方向への明白な歩みをみせつけた。「トランプ氏は未経験だから見識もなく、思いつきで強硬な言動をとっているだけだ」という観測は対中政策に関する限りしぼんでいった。

トランプ新政権の対中政策を占う最有力の材料はトランプ陣営政策顧問のアレックス・グレイ、ピーター・ナバロ両氏の共同論文だろう。グレイ氏は議会補佐官として中国を専門とし、ナバロ氏も米中戦争についての著作で知られ、すでにトランプ政権の国家通商会議の議長に任命された。

両氏が連名で昨年11月に発表した論文は「ドナルド・トランプのアジア太平洋への『力による平和』ビジョン」と題され、オバマ政権の「アジア旋回」策は中国の軍事的な膨張を放置したため失敗したと断じていた。そのためトランプ政権のアジア政策のカナメは中国の軍事冒険主義をまず米側の軍事力増強で抑止することを主唱する。そして新年を迎えてもトランプ陣営の動きは中国へのこの種の断固たる抑止の構えをますます明確にしてきたのである。

グレイ、ナバロ両氏の共同論文は「アジアの自由主義的秩序を保つためには中国の軍事覇権を抑える力の実効が欠かせない」としてトランプ氏がすでに発表したアメリカ海軍艦艇の274隻から350隻への増強、そして海兵隊の18万から20万への増強がいずれもアジア主体であることを強調していた。アジアでの米軍の軍拡なのである。

トランプ政権のこうした構えについてトランプ陣営との距離の近い戦略問題専門家のエドワード・ルトワック氏(戦略国際問題研究所上級顧問)は「対中封じこめ」という言葉を使って、以下のように説明していた。

「トランプ氏は明らかに中国を封じこめたいと意図している。『封じこめ』とはこれまでのオバマ政権のように、中国が海洋に新たな島を作り、その島に軍事基地を建てるのを、まるで観光客が火山の噴火を眺めるかのように、ただみているのではなく、抑止のための行動を起こすということだ」

しかしアメリカ側ではオバマ政権に留まらず、それ以前の歴代政権とも1979年の対中国交樹立以来、「封じこめ」政策は排してきた。中国には関与でのぞみ、アメリカ主導の国際社会や国際秩序へ中国を普通の一員として招き入れようというのが関与政策だった。だがいまやその関与政策の実効が根本から疑われてきたのだ。そんな時期のトランプ政権の誕生なのである。

さてトランプ新政権のこうした姿勢が中国側にはどう映るのか。

トランプ陣営の内情に詳しい保守系の国際政治学者マックス・ブート氏は「トランプ氏の『常軌を逸した予測不能の好戦主義者』というイメージが中国側にあるため軍事競合となると、中国が譲歩する見通しが強い」と論評した。

中国側は外交紛争の解決にはためらわずに軍事力を使う。ただしその際には必ず相手の軍事的な強さを冷静に計算する。そして勝てる相手ならば、どっと軍事の威圧でも、攻勢でも、実際の攻撃でも、一気に踏み切るわけだ。一方、相手の軍事力が強いとなれば、さっと方針を転換する。このへんの情勢の見方はきわめて巧妙であり、実利的である。

米中関係のいまの軍事力の比較をみれば、まだまだアメリカ側が圧倒的な優位にある。だからトランプ政権がいざという場合には軍事力をも使うぞ、という強い態度でのぞんでくれば、中国側はそれまでの無法、無謀な膨張を止める公算は高いということになる。

いずれにせよ米中関係が大きく変わる展望が強くなってきたのだ。そうなると当然ながら、日本への影響も巨大である。

グレイ、ナバロ両氏は「トランプ大統領が日米同盟への誓約や信頼を保ち、対中政策をはじめアジアの安定の基盤とする政策は揺るがない」と明言する。だがそのためにはトランプ新政権が日本にこれまでよりは「公正な防衛負担を期待する」と強調する点の重さも銘記されるべきだろう。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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