トランプが北朝鮮を攻撃する日
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・トランプ政権、対北朝鮮「予防攻撃」を検討。
・米、中国に対北朝鮮経済制裁の実施を要求へ。
・国会は今すぐ朝鮮有事に備えよ。
北朝鮮の好戦的な言動に対するアメリカのトランプ政権の態度の硬化が顕著となってきた。政権の内外では北朝鮮の核兵器や長距離弾道ミサイルを破壊するための「予防攻撃(Preemptive attack / strike)」という選択肢までが語られるようになった。
その一方、トランプ大統領は中国に対して北朝鮮の核開発を阻止するための最後の経済圧力をかけることを求め、4月6日の米中首脳会談でも習近平主席に強く迫る構えをみせ始めた。同大統領は3月31日にも北朝鮮に対する経済政策の再度の強化を大統領令で打ち出した。
さてトランプ政権は北朝鮮をどうするのか。ここで改めて多角的に点検してみた。
トランプ政権にとって北朝鮮の脅威は当面、安全保障上の最大の危機として迫ってきたといえる。政権自身の認識も、アメリカの国政の場での認識もそのようだ。北朝鮮が核兵器と各種ミサイルの開発へとひた走り、無法な実験を重ねてきた歴史は長い。
だがこの数ヶ月、北朝鮮のその好戦的な言動はとくにエスカレートしてきた。しかも核兵器開発のための実験やアメリカ本土にも届くと金正恩労働党委員長が豪語する弾道ミサイルの発射実験など実際の危険な行動を誇示するのだ。
ではトランプ政権はどう対応するのか。
政権内外で「予防攻撃」という名の下での軍事手段が頻繁に語られるようになった。
レックス・ティラーソン国務長官は軍事行動を含む「あらゆる選択肢の考慮」を明言した。
トランプ政権に近い上院外交委員長のボブ・コーカー議員(共和党)が「アメリカは北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)を予防的に攻撃する準備をすべきだ」と述べた。
上院軍事委員会の有力メンバー、リンゼイ・グラハム議員(共和党)は北朝鮮のICBM開発阻止のため大統領に予防的な軍事攻撃の権限を与える法案を出すと言明した。
ウォルター・シャープ前在韓米軍司令官は北朝鮮がICBMを発射台に乗せる動きをみせれば軍事攻撃をかけることを提唱した。
1990年代からアメリカ側の対応策では軍事手段は断続して語られてきた。だがいまほど現実味を帯びたことはない。トランプ政権は歴代政権よりも確実に強固な姿勢を固めたようなのだ。
政権内では大統領の国家安全保障担当副補佐官K・T・マクファーランド氏が中心となり、軍や政府の関連機関から具体的な対策案を3月上旬までに集めた。軍事手段も含めての多様な提案がいま国家安全保障会議アジア上級部長マシュー・ポッティンガー氏を実務調整役として検討されているという。
この政権内部の動きについてこれまで30年もアメリカ政府内外で朝鮮情勢研究を専門にしてきたジョージワシントン大学のラリー・ニクシュ教授に尋ねてみた。
ニクシュ教授はトランプ政権のアジア部門に近いとはいえ、あくまで外部からの考察の結果だと前置きして、以下の要点を明らかにした。
・トランプ政権は北朝鮮の核武装とICBMの開発阻止のため、なお優先政策としては中国に北朝鮮への石油輸出の全面停止など決定的な経済制裁を実施するよう最大の圧力をかけることを目指している。
・そのためトランプ政権は当面の対中関係では北朝鮮問題が最優先課題だとみなし、中国が決定的な対北制裁を実行すれば、他の領域である程度の対中譲歩をしてもよいという構えがある。
・ただトランプ政権は軍事攻撃案もかつてない真剣さで詰めており、最も現実的な方法は北朝鮮の北西部の弾道ミサイル発射基地などへのミサイルあるいは有人無人の航空機による限定的な爆撃案とみている。
・核施設への直接攻撃は核弾頭や核燃料の再処理・濃縮の施設の位置が確認できず、山岳部の深い地下にあるとみられるため、効果が期待できず、優先されていない。
ニクシュ氏がさらに指摘したのはトランプ政権が米側の軍事攻撃が必ずしも全面戦争にはつながらないという認識を強め始めたようだという点だった。
これまでの軍事案はすべて北朝鮮の全面反撃で韓国側にあまりに重大な被害が出るとの見通しで排除されてきた。だがトランプ政権下では拠点攻撃への北側の全面反撃を抑止できるという見方が広まったというのだ。
日本の反応の鈍さが改めて心配になる。朝鮮有事という日本の命運を左右する重大事態の危機がすぐそこまでひたひたと迫っているのだ。
だがわが国会は森友事件などというおよそ日本の命運には影響のない案件に没頭している。危機が迫ると自分の頭を砂に突っ込むダチョウを連想するのは私だけだろうか。
トップ画像:THAAD(高高度防衛ミサイル)発射実験(2015年11月11日)出典 ©米・ミサイル防衛庁
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。