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.国際  投稿日:2017/3/6

北朝鮮弾道ミサイル発射か、マレーシアは断交へ


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・北朝鮮駐マレーシア大使国外追放期限、6日夜

・断交も視野に。背景に中国の意向。

・6日朝弾道ミサイル発射、ASEAN強硬姿勢へ

 

■国外追放期限は6日午後7時

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄にあたる金正男氏が2月13日にマレーシアのクアラルンプール国際空港で暗殺された事件でマレーシア政府は4日、在マレーシア北朝鮮大使館のカン・チョル(康哲)駐マレーシア大使の国外追放を発表した。期限は日本時間の6日午後7時と迫っている。

大使追放という強硬措置に出たことでマレーシアと北朝鮮の外交関係は厳しい局面を迎えたことになり、最終的には国交断絶をも辞さないという断固とした姿勢をマレーシアが北朝鮮に示したことになる。

マレーシアのアニファ外相は4日、金正男氏暗殺事件に関連してカン大使を外務省に呼んでいたが、カン大使は姿を現さなかった。事件発生当初よりカン大使は「マレーシア警察の捜査は信用できない」「死亡した北朝鮮国籍の男性の遺体を早期引き渡すべき」などと「内政に干渉する」旨の発言を繰り返していたこともあり、マレーシア政府はカン大使を外交上の「ペルソナ・ノン・グラータ(好ましからざる人物)」に該当するとして国外追放を決断、北朝鮮政府に通告した。この通告によりカン大使は会談予定だった4日午後6時(現地時間)から48時間以内にマレーシアを退去しなければならなくなり、同時に今後のマレーシア入国も拒否されることになる。

■「国交断絶」も現実味 中国の意向反映し

マレーシア外務省によると事件後の2月28日に外務省関係者と北朝鮮側が非公式に会談した席でマレーシア側がカン大使による数々のマレーシア批判の発言について文書による謝罪を要求した。要求の期限の3月4日になっても北朝鮮側からは一切の回答がなかったことから最終的に大使追放に踏み切ったとしている。

大使追放措置を受けた国は対抗措置として自国の相手国大使を同様に追放処分するケースがあるが、マレーシアの在北朝鮮大使はすでにマレーシアに帰国している。このため北朝鮮政府は大使以外のマレーシア外交官の追放や航空便の停止、人的交流の停止、経済分野での活動中断、資産凍結などの対抗措置を取る可能性があるという。

マレーシアはすでに2日にこれまで北朝鮮国籍の旅券所持者に認めてきたビザなしのマレーシア渡航を6日から停止し、ビザ所得を義務付ける措置を取っている。

こうしたことから両国関係が今後悪化の一途をたどり、最終的に「国交断絶」も予想される事態となってきたが、マレーシア政府は「自国の権益を守るため」として最悪の事態も辞さない強い姿勢を示している。北朝鮮大使館前では市民による北朝鮮非難のデモが起き、一部メディアは「国交断絶」を求める国民の声や識者のコメントを伝えるなど、マレーシア世論は政府の強硬姿勢を歓迎し、支持を示している。

こうしたマレーシア政府の強硬姿勢の背景にはナジブ政権と密接な関係にある中国政府の意向も反映しているとの見方が有力で、中国が今回の金正男暗殺事件に衝撃を受け、怒りを見せていることを裏付けている結果といわれている。

■当局、金正男の身元特定に全力

マレーシア捜査当局は暗殺実行犯とされるインドネシア国籍とベトナム国籍の2女性容疑者を1日に殺人容疑で起訴した。その一方で事件に関連して逮捕拘束していた北朝鮮国籍のリ・ジョンチョル氏をマレーシア警察は3日に「証拠不十分」で釈放、国外追放とした。リ氏は北朝鮮への帰途寄った中国・北京の北朝鮮大使館で会見し「事件は北朝鮮を貶める謀略だ」と発言した。

この発言は1日に北朝鮮の朝鮮中央通信が今回の事件を「荒唐無稽な詭弁、危険な政治的妄動」と表現したことと軌を一にしており、

北朝鮮が今後とも事件と無関係の姿勢を貫くことを示している。

今回のリ氏の釈放でマレーシア捜査当局の事件解明の直接の手掛かりは起訴した実行犯とされる2女性と金正男氏の遺体だけという事態となった。事件への関与が濃厚として出頭を求めたり手配中の北朝鮮国籍の人物はいずれもすでに北朝鮮に帰国したり、クアラルンプールの北朝鮮大使館内に潜伏中とみられている。北朝鮮が非協力的な姿勢でなおかつ外交上の制約があるため、マレーシア捜査当局が取れる方策は限定的にならざるをえないとの見方が広がっている。

しかし地元紙記者などは「暗殺関係者の身柄拘束が実行犯2女性に限られたとしても北朝鮮という国家が事件に深く関与した構図を暴くことは可能」として、事件の全容解明で国際社会での北朝鮮非難の高まりを期待できるとしている。

そのためにも遺体の身元が金正男氏ではないと強弁し続ける北朝鮮に対し、「確固たる証拠」を突きつけるため遺体の身元特定に全力を挙げる方針を保健省は示している。金正男氏の歯形のデータに加えていまだに入手できていないとされる金正男氏の親族からの試料提供を受けて最終的にはDNA鑑定での身元確定を目指している。

もっともその結果ですら北朝鮮は「信用できない、陰謀」と認めないことは十分予想されている。マレーシア政府は「十分な科学的根拠で国際社会の理解をえる」ことを念頭にしており、もはや北朝鮮を「まともな交渉相手国」として信用していないことを今回の大使追放は示した結果ともいえる。

■6日弾道ミサイル発射、ASEANも強硬姿勢へ

マレーシアの大使追放という厳しい措置を受けて北朝鮮は東南アジアでの友好国であり、対外情報活動の拠点でもあったマレーシアを失いかねない事態に追い込まれており、暗殺事件の現場としてマレーシアを選んだ「高い代償」を支払うことになりそうだ。

暗殺という自ら招いた重大行為による自業自得の結果に対し、北朝鮮は6日午前7時過ぎ、日本海に向け弾道ミサイルとみられる飛翔体を発射した模様だ。国際社会での孤立化はさらに深まるものとみられる。

そうした中、マレーシアやインドネシア、ベトナムなども参加する東南アジア諸国連合(ASEAN)内部で非公式ながら一部の参加国が今年のASEAN地域フォーラム(ARF)で北朝鮮問題をどう取り扱うかの検討が始まったとの情報がある。

ARFはASEAN加盟10か国に加えて日本、韓国、中国、米国などがメンバー国で北朝鮮も参加、毎年外相クラスが協議に加わっている。北朝鮮は数少ない国際会議の場であるARFで自国の政策を一方的に表明してきたが、今年議長国であるフィリピンでの開催(7月開催予定)で北朝鮮の扱いが焦点となっている。

ASEAN加盟国には親中国、親米などそれぞれの立場があるものの、国家ぐるみの暗殺事件という問題に「ASEAN内の意見集約は可能」(インドネシア外交筋)として事件に関係するマレーシア、インドネシア、ベトナムが中心となって北朝鮮に厳しい姿勢を示す方向性を探っているという。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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