揺るがぬ米の対中国強硬姿勢
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・北朝鮮問題で中国に譲歩したトランプ氏。
・首脳会談でトランプ氏、習近平主席に強硬姿勢示す。
・米の対中強硬姿勢は基本的に揺るがない。
米中関係はいまどうなったのか。アメリカと中国はいまや北朝鮮問題をめぐり協調姿勢をもみせ始めた。トランプ政権が中国に対してみせていた厳しい対決姿勢はどうなったのか。
■米中首脳会談、最大の課題は北朝鮮問題
トランプ大統領と習近平国家主席は4月6日と7日、フロリダ州の同大統領の別邸で会談した。この会談では最大の課題は北朝鮮となった。北朝鮮の核兵器とICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発を阻むため、トランプ大統領が習主席に北朝鮮への経済制裁を徹底してほしいと強く要請したのだ。習主席もその要請に応じるかのような態度をみせた。その局面をみれば、アメリカと中国は急に協調路線を歩むかのように映る。
トランプ大統領がそれまで中国に対してぶつけてきた不満の数々はどうなったのか。中国の軍事的な膨張には断固として反対するという基本政策はどうなったのか。
私は4月中旬にトランプ政権の対中政策を中心とする緊急報告として『トランプは中国の膨張を許さない!』~「緊急発刊!ワシントン報告」「『強いアメリカ』と上手につき合う日本」「マスコミが報じないアメリカ国民のホンネ!」~(PHP研究所)という本を出した。
内容は単にトランプ大統領の対中政策にかかわらず、対日政策、国内政策、メディアとの戦いなど、トランプ政権の全体像だった。その構成は以下のようである。
第一章 東アジアに安定をもたらす「安倍・トランプ関係」
第二章 中国、北朝鮮と対決するトランプ政権
第三章 反オバマ——アメリカ国民はなぜトランプを選んだか
第四章 トランプの戦い——抵抗勢力メディアと民主党の抗戦
さてこの書の内容を踏まえて、今回のフロリダ州での米中首脳会談の意味を解説すると、次のようになる。
■中国に全面協力頼まざるを得なかったわけ
トランプ大統領は日本の安倍首相ら同盟国首脳との一連の会談をすませた後の2月後半から3月以降も、習主席との会談にはまったく関心がないようにみえた。アメリカ新政権としてのそのための動きの気配さえなかった。
だが水面下ではこの期間、中国側が必死でトランプ政権へのアプローチを試みていたのだ。中国政府の外交担当国務委員の楊潔篪氏や駐米大使の崔天凱氏がキッシンジャー氏のコネなどを利用し、トランプ氏の女婿のジャレッド・クシュナー大統領上級顧問に接触した。そしてトランプ大統領が「一つの中国」の原則を守るという言明したうえでの米中首脳会談に応じることを懇願したという。
トランプ大統領側にも習主席に会うことの意外な必要性が生まれてきた。北朝鮮の金正恩委員長のアメリカへの挑戦的な宣言やあいつぐミサイル発射実験の危険な動きだった。トランプ大統領としては金委員長の「アメリカ本土にICBM(大陸間弾道ミサイル)を撃ちこむ準備を着々と進めている」という言辞にすぐに対応せざるをえなくなったのだ。
北朝鮮の核武装やICBM開発を阻むためには軍事攻撃も含めて多岐な手段があるが、当面は北朝鮮のエネルギーや食糧の供給で死活的な権限を持つ中国に圧力をかけて北朝鮮を動かすことがベストの方策とされた。
だからトランプ大統領自身が「いまの米中関係では北朝鮮への対処が最大の共通の課題だ」と言明するようになったのだ。そして中国に強い圧力をかけることを内外に宣言したのだった。
ICBMこのためフロリダでの米中首脳会談はその土台から通常とは異なっていたのである。トランプ大統領からすれば、本来は中国側に一連の抗議や非難をぶつけることだけが必須の目的だった。中国側の不公正貿易慣行、為替レートの操作、対米貿易黒字の巨額の累積、南シナ海での無法な領土拡張、アメリカ官民へのサイバー攻撃などだった。アメリカは攻める側だったのだ。
ところがアメリカ側は中国に対北制裁の徹底強化を要請することとなった。中国に全面協力を迫ることが必要となったのだ。そうなると、他の対立案件がどうしても後ろに引くことになる。だがトランプ政権が今後中国への関与や協調だけの姿勢をとるわけでは決してない。トランプ大統領が就任前からの強固策を構成する要因はなお厳存するのである。いまの北朝鮮にからむアメリカの対中要請というのが臨時の事態なのだ。
■強硬姿勢崩さなかったトランプ
実は米中首脳会談ではトランプ大統領の本来の強固な対中姿勢ははっきりと示されていた。習近平主席はトランプ大統領からの会談への招きを受けながらも、同大統領の別荘「マール・ア・ラーゴ」での宿泊は認められなかった。滞在先はホテルだった。この点は安倍晋三首相へのもてなしとは決定的に異なる点だった。
しかもこの会談の途中でトランプ大統領は突然に習主席にシリアの空軍基地への爆撃の通知を事後連絡の形で伝えた。外交慣例からはまったくの非礼な対応だった。しかも中国が本来、反対するアメリカの軍事力行使であることも明白だった。
だが習主席はその場であえて反対を表明することもなく、暗黙に受け入れたような対応をとったのだ。トランプ大統領の強圧的な攻勢にすっかり押し切られた格好だった。
■米の対中国強硬策は揺らいでいない
トランプ大統領は肝心の北朝鮮問題については「中国に協力を要請し、もし中国が応じないならばアメリカ一国で対応する」と脅すような発言をした。北朝鮮への予防的な目的での先制軍事攻撃の可能性をも示唆する言葉だった。
このように米中関係の目前の様相は北朝鮮問題という臨時かつ意外な緊急課題の登場によって本来の姿からずれてみえる形となったのである。
だがトランプ政権としては中国側の無法な膨張や利己的な経済、貿易政策への本来の不満をなくしてしまったわけでは決してない。中国の国際規範に反する行動は必ず強固な方法で抑えていくという基本姿勢は揺らいでいないのである。そのあたりの解説を私は自著『トランプは中国の膨張を許さない!』で十分に述べたつもりである。
トランプは中国の膨張を許さない! 「強いアメリカ」と上手につき合う日本
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。