北朝鮮問題より深刻「トルコの帝国化」
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2017#15(2017年4月17-23日)
【まとめ】
・北朝鮮“核実験・ICBM発射”を注視。
・トルコの「帝国化」で中東地域不安定化。
・今後も懸念トランプ氏の“政策判断基準”
■北ミサイル発射失敗は「出来レース」?
先週は世界の関心が北朝鮮に集中したのでは、と感じた人も多いだろう。確かに、米国は空母打撃群を朝鮮半島に派遣し、漸く強制力を伴う外交を始めた。中国は米国からの強い要請を受け、これまで以上に北朝鮮への働きかけを行った。北朝鮮は「核実験」でも「ICBM」でもない中距離ミサイル発射を試み、見事に失敗した。
これが出来レースだとは思わないが、結果は「お見事」と言う外ない、というのが筆者の見立てだ。北朝鮮は米中の圧力に屈しない姿勢を示しつつ、ちゃっかり北京に恩を売った。これで中国は米国に「北朝鮮に核実験とICBM発射を断念させた」と言えるだろう。米国だってカールビンソン派遣の目的を一応達成したではないか。
北朝鮮問題のポイントは二つある。第一は、予測不能な金正恩が合理的な戦略判断を続けられるか否かであり、第二は、北朝鮮の核弾頭付きICBM実戦配備が近づいたら、米国は今のように対北朝鮮攻撃を躊躇しなくなるというジレンマがあること、要するに今後北朝鮮の核問題は「時間との戦い」となることだ。
今回4月末までこのまま北朝鮮による核実験やICBM発射がなければ、このラウンドは終了。逆にどちらかでもあれば、中国は面子を失い、米国の対中圧力が倍増するだろう。しかし、それはそれだけの話。筆者にとって先週のハイライトは北朝鮮などではなく、16日に行われたトルコの国民投票の結果だ。
■トルコ「帝国化」で中東の安定遠のく
理由は簡単、エルドアン大統領が「プーチン化」し、ケマル・アタテュルク以来一貫して世俗主義共和国を志向してきたトルコが遂に「帝国化」のプロセスを開始したと考えるからだ。このことは、短期的に、シリアをめぐる問題を更に複雑化させ、中長期的には、NATO南方の結束が綻び始め、トルコのEU加盟も絶望的となるだろう。
ユーラシア大陸における現状変更志向のリビジョニスト帝国は四つになった。ロシア、イラン、中国に次いで、遂にトルコもその仲間に加わったということだ。トルコのような大国が欧米との協力路線を放棄し、ロシアやイランと共にリビジョニスト勢力の一角を占めるようなれば、中東地域の安定は増々遠のくのではないか。
北朝鮮が核弾頭を小型化しICBMを完成するのは、それ自体大事件ではあるが、所詮は想定内の問題である。これに対して、トルコの帝国化はユーラシア中東方面の地政学的な大変化だ。国際政治ゲームに新たな手強く予測不能なプレーヤーが参加してきた。これでユーラシアの不安定化は進む。筆者の懸念はここにある。
〇欧州・ロシア
20-21日にG7議長国のイタリア首相が米国とカナダを訪問する。G7にロシアを加える案を本気で考えているのだろうか。ロシアに対し一定の効果があることは否定しないが、冷戦終了後一時G8にして、何か成果はあったのか。なし崩し的に対露経済制裁を解除するなら、それこそロシアの思う壺ではないか。
23日から5月7日までフランスの大統領選挙第一回目が行われる。EUから英国が離脱してもEUは機能し続けるだろうが、仏が離脱し、独仏の枢軸が崩れれば、EUは有名無実となる恐れがある。欧米でのフランス大統領選挙に対する関心は異常に高い。第二回目の決選投票まで目が離せない。
〇東アジア・大洋州
17日から28日まで米韓空軍による共同訓練が実施される。この間に北朝鮮が何らかの行動を起こす可能性が取り沙汰されている。17日から米副大統領が訪日し、その後、インドネシア、豪州を歴訪する。23日には中国初の国産空母が就航するというが本当に使えるのか。
〇中東・アフリカ
イランの大統領選挙が近づいてきた。16日から大統領候補者を決めるイスラム法学者の会合が開かれる。現職のローハニ大統領は再選を目指すというが、果たしてどうなるだろうか。18日からは米国防長官がサウジアラビア、エジプト、イスラエル、カタル、ジブチを訪問する。
〇南北アメリカ
今最も気になるのはトランプ氏の政策判断の基準だ。トランプにはイデオロギーもドクトリンもない。良く言えば柔軟だが、悪く言えば朝令暮改で一貫性がない。手法は衝動的、感覚的、選択的であって、それ以上でも、以下でもない。要するに、トランプは今後も選挙モードと統治モードの間を行ったり来たりするのだ。
幸い、NSCは選挙モードのトランプ1.0から統治モードの2.0に移行しつつある。マクマスター補佐官以下チームとして纏まりつつあるようだ。バノンの離脱が象徴的である。しかし、バージョン1.0の象徴であるバノンはホワイトハウスから去らない。それは三年後の再選を考えるトランプ自身が選挙モードを止めるつもりがないからだ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。