日本解凍法案大綱 16章 梶田健助の隠し財産
牛島信(弁護士)
辻田弁護士が大木弁護士の部屋に来て、ご報告がありますと言った。
大木は事務所の弁護士と話をするときに、二つの部屋を使い分ける。自分の机、PCやプリンター、贈り物の大理石の文鎮やバカラの置時計、それに10人は楽に座れるテーブルのある自分のオフィスと、その隣に設えられた大木用の会議室と。4人までのときには自分のオフィス。それ以上になると会議室だ。机の前のテーブルの半分は、購入されたばかりの大量の本がいつも占拠しているのだ。
会議室は自分のオフィスと同じ広さで隣にある。大きなテーブルとPCに大きなモニターが2つ、それに電子式のホワイト・ボードがある。10人は入る。小さな予備のテーブルが二つ置かれているから、必要があればもっと入る。
この会議室に座っていると大木は昔を思い出す。大木が若く、未だ30代の初めで体中に野心がはぜかえっていたころ、2年だけで検事稼業を辞めて雇われ弁護士となった直後のころ。大木は日系人のアメリカ弁護士に面接を受け、採用されたのだった。
それから6年間、大木はユダヤ系や日系のアメリカ人の弁護士の下で働いた。ユダヤ系のグーゲルシュタイン弁護士が自分の部屋の隣に会議室を持っていた。大木の採用を決めてくれた日系のF.スコット・大内弁護士は、別に会議室を設けることをせず、その広さも合わせた巨大なオフィスを専有していた。黒革の握りのついた扉を開けると、はるかかなたにスコット・大内弁護士の姿が見えるのだ。丸の内の超一等地に、それはなんとも不釣り合いでいながら、いかにも似合った光景だった。
大木は意識して二人のうちグーゲルシュタイン弁護士の真似をして会議室を隣に設けたわけではない。頻繁に多人数の弁護士たちと会議をする必要があって、会議中に秘密の電話が固定電話にかかってくるたびにいちいち秘書に呼ばれる。電話を会議室に回してもらってそこで電話を使うこともできず、といってそのたびに自分の部屋に戻ることはわずらわしい。往復するだけで数分はかかる距離なのだ。それで自分のオフィスの隣にそうした多人数用の会議室があると便利だと思い、空いていた隣の部屋をそれに充てた。それだけのことだった。
辻田は独りで大木のオフィスに入ってきた。薄い書類の束を胸に抱えている。
大木は立ち上がると机の前におかれたテーブルに座るように促した。
「先生、梶田健助氏、なかなかですよ」
「なかなか?」
「ええ、信託を駆使して、10億ほどを自分用に会社とは別に取り分けていました」
「自分と彼女と、それに二人の間の8歳の娘の未来のために?」
「そういうことでしょうね。
一回は1000万程度だからルール上取締役会決議は要りません。でも、1000万を100回やれば10億です。
信託とは敵も考えましたね」
「敵?ああ、そうか、敵か」
「敵ですよ。いやですね、先生。私たちの依頼者は梶田健助氏を地獄に落としたいと言っています」
「地獄ねえ。
そう言ってるからって、本心からそう願っているとは限らない。
公私混同は梶田紫乃さんにもあるかもしれない。夫である梶田健助氏といっしょになって、自宅を会社に持たせていなかったろうか?
夫だけを追放する。仮にそう願っているとしても、それを実現することが依頼者の真の利益になるとは限らない。株主としての利益は、個人としての感情とは違うところにあることも多い」
「でも、信託に付されている財産の源はすべて向島運輸です」
「ふーん、代表者の背任ってことか。
3分の2の株主がとっくに了承しているってことは?」
「あり得ないでしょう。だって、つい最近のあの株主総会のやり取り以前には梶田紫乃氏はなにも知らなかったのですから。中野光江の存在も、8歳の娘の存在も。
それに、そもそもあの会社には3分の2を支配している株主はいません」
「そうだったね。
で、信託の受益者は?
「受益者は向島運輸です」
「やっぱりね。
かつ、信託契約は解約できない、ってことになっていて、その受託者は中野光江氏のどこかの弁護士さんか公認会計士さんになっているってとこかな。
受託者が受益者のためにという口実で、実質は梶田氏と中野さんたちの利益になることをする仕組みか」
「要するに、そういうことです」
辻田弁護士は言葉少なに応えた。大木とのやり取りはいつもそうなのだ。結論を先ず話し、その後の大木からの質問に応じて初めて必要なことを補足する。必ずといってよいほど大木弁護士は質問をしてくる。長い説明のための答えはその段階になって初めて許されるのだ。辻田はもう30年もそうやって大木弁護士といっしょに働いてきた。30年間の月日が流れていた。25歳で大木の事務所に入った辻田弁護士はもう55歳になっている。まだ赤ん坊だった辻田の娘が、辻田がロサンゼルスへ出張したときに熱を出したことがあった。その赤ん坊はもう弁護士になっている。辻田弁護士はいつも大木弁護士の横にいた。仕事が遅くなったときにはオフィスに娘を連れてきたこともある。大木の部屋のソファで娘はすやすや眠った。
「とにかく、急いで依頼者にご報告しなくては」
「はい。その際には、信託財産の一つである青山パークタワーに中野光江母子が住んでいることも申し上げることになります」
「もう株主総会で出てたんじゃなかったっけ。
いずれにしても僕はびっくりしないよ。梶田健助は良くも悪くも男だからな」
「男だから?
個人として収入があり、会社の大きな財産を自由に処分できる立場にあった人間でした。でも、たまたま男だっただけです」
「いいや、男だからさ。男は特定の女に誉めてもらうために奮闘努力の人生を生きる。家は人生で最大の獲物だ。青山パークタワーってのは、勝者のトロフィーにふさわしい立派なマンションなんだろう。
おっと、これはセンチメンタルな老いぼれのたわごとだな。たまたま男である弁護士の不穏当な独り言ってとこか」
辻田は微笑するだけで、この大木の問いらしきものには答えなかった。
「とにかく、資産のある会社、老齢になり始めたオーナー夫妻、その離婚、夫の側の不貞行為、夫の隠し子、密かに、しかし公式に作られたらしい信託財産、会社の未来、会社のさまざまなステークホルダー。
なんとも素晴らしい事件だね。
信託を壊すことになるな」
「はい」
「素晴らしいというのは、弁護士として腕の振るい甲斐があるという意味だ。でもそれだけじゃない。収入と若い弁護士の仕事につながる。仕事が、ふつうのできあがったビジネスの書類づくりと違って、この件なぞは一段と興味深い。大きな財産が個人の要素を交えている。組織といっても、サラリーマンの巨大集団とは違った、人間の匂いがする小さな組織だ。それでも組織は組織だ。株式会社という名がついている。個人と組織。そいつが人間社会の立体的な展開を見せてくれる」
「そのうえに、確実に海外の子会社、資産逃避、国際税務問題につながってゆきます。パナマ文書でタックス・ヘイブンがどれほど現代の金融の核心につながっているかが白日のもとにさらされました。日本法と外国法が交錯します」
「ああ。私は嬉しいね。若い弁護士たちがそうした仕事に取り組めるようになることに一臂(ぴ)の力を貸せる。彼らの人生を彼ら自身がどういうふうに切り開き、形作り、花開かせるか。事務所を立ち上げ、継続してきた甲斐があったというものだ。
なんといっても組織と個人だ。私の一生をかけた探求の目標だ」
「先生、一臂ではありません。万臂です。
私も若い弁護士として先生の事務所に入りました。30年前のこと。何も変わっていないような気がしています」
「危ない、危ない」
「え?」
「この事務所はエデンの園ではない。
エデンの園ではなくなくなるように、僕は毎日々々知恵のリンゴを食べてきた。とても美味しい。いつか食傷してしまうのだろうか」
「未だ。先のこと」
「優しいね。tenderな言葉だね、ありがとう。sweetと言うべきなのかな、too sweetと。
The old soldiers will never die, they just fade away.」
「マッカーサーですね。でも、彼はアメリカ陸軍という既成の巨大な組織の人。
先生は個人。小さくとも組織を創りあげた個人です。比べられません」
「大海原の波に打たれ、沈みそうになったり浮き上がったり。
西も東もそれぞれの苦労だね。
ま、どうか今後もよろしく。
で、今週なら、いつ依頼者とお会いできるかな?」
最後は事務的なスケジュールの打ち合わせになっていた。
「梶田さん、これが39年間あなたの夫だった人間の裏の姿です」
辻田弁護士が全体像のわかるA4の紙3枚のメモの頁を繰りながら、梶田紫乃に説明をしていた。大木は黙って辻田の横に座っている。
「信託はケイマンのチャリタブル・トラストを使っています。多分、少し古い時代に計画されたのですね」
「チャリタブル?なにかチャリティ、慈善事業と関係あるんですか?」
「いいえ、単に名義人を作るだけです。何も慈善事業をしているわけではありません」
「ケイマン?トラスト?
なんだがわからないことばかり。
いったい、あの人はどんな人だったのかしら?
分かっていたつもりだったのが、今では遠い人。自分で自分のことがおかしくてなりません」
辻田は紫乃の最後の言葉には触れず、
「ケイマンはカリブ海の島の名前です。
トラストは会社だと思ってもらえばいいです」
「そんなところにあの人は出かけていったのでしょうか?」
「いいえ、梶田健助氏のアドバイザーも行ったことなんかないと思いますよ。現に、この私もケイマンにチャリタブル・トラストをいくつも作りましたが、行ったことはありません。
ケイマン島は海がきれいで、スキューバ・ダイビングにいいと依頼者から聞いたことはあります。水中の写真も見せていただきました」
「なんだかパナマ文書の世界みたいですね。
ところで先生。あの人、会社に辞任届を出してきました。取締役の私宛です。家族だけが株主の3っつの会社の社長の辞任届もいっしょです。
お前の会社なんだからお前が勝手にしたらいい、という感じです。
私、見捨てられたんですね。
いえ、ずっと以前から見捨てられていたんです。
あの人には、自分が蒔いた種を刈り取ってもらいます。呪われた種ですから、あの人が自分の手を使って、茨や棘に刺されて手の指を傷つけ血を流しながら収穫しなくてはならないのです」
そこまで言うと、梶田紫乃は大きなため息をつくと、
「償いはなされなければなりません」
と低い声で呟いた。
辻田は梶田紫乃の語調にぞっとするものを感じた。涙を拭くのか、隣の椅子の上に置いたハンドバッグからハンカチを取り出す。真っ白で女持ちには少し大ぶりの、西インド木綿と思しき最上質のハンカチだった。
「あ、それシーアイランド・コットンですか?
それのできるところ、その一画にケイマン島もあるんですよ」
梶田紫乃はぎょっとした顔をして、一瞬ハンカチを見つめ、慌てて、皺くちゃになってしまえとばかり乱暴に丸めるとハンドバッグに戻してしまった。
「失礼しました」
辻田が謝ると紫乃は元に戻って、
「いいえ、先生。このコットン一つにもいろいろなことが絡みついています。これはアフリカ西海岸から西インド諸島にむりやり連れてこられた黒人たちが作らされてきたものです。今もその黒人たちの子孫が作っています。
紅茶もお砂糖も同じこと。
地主のイギリス人はグレート・ブリテン島、つまり本国に住んでいました。
きっと先生の言われるケイマン島というところにも、そうした黒人の子孫がいることでしょう。サトウキビを作って、故郷から離れた地で死んでしまった人たちの何百年も後の子どもたち、孫たち」
辻田は不思議な気がした。この梶田紫乃という女性はいったいどんな人なのか。
夫だった梶田健助を決して許さない、地獄に落としてやるというはなから、奴隷だった黒人の悲しい人生の物語をしてみせる。しかし、その黒人を所有していたイギリス人たちが本国に住んでどれほど優雅な暮らしをしていたのかも心得ている。
(きっと夫と中野光江の間の娘のことを考えているのだ。
中野光江もその子どもも、いっしょに地獄に落としたいのかしら?
人間てそんなものかしら?
私だったら?
でも私は弁護士。他人事として、ここに座って話を聞いている。他人事だから、なにが起きようとも冷静でいられる。それが私の役割、それが私の人生。
でも、私も木や石でできてはいない。人間。一人の人間。私の人生って、弁護士を除くとなになのかしら?大木先生は違う気がする。大木先生は、個人としても弁護士としても、それぞれに充実した人生を生きている方。家庭を大事にして、マンションの小さなテラスでの鉢植えを生涯の趣味としている不思議な人)
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この記事を書いた人
牛島信弁護士
1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)
〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。
牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/
「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html