日本女子柔道トップが米で指導
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・日本女子柔道トップ級選手、田知本愛選手が米海軍士官学校で指導に当たった。
・2010年の井上康生氏の来訪から始まり、翌年から「トモダチ作戦へのお礼」として日本から柔道家が渡米。
・こうした柔道交流は日米間の交流の中でも、きわめて異色で、実効のある活動だといえる。
「アメリカ海軍が日本の大震災で実行してくれた救援のトモダチ作戦へのお礼を兼ねた柔道交流がまたできて、とてもうれしいです」
ワシントン郊外のアナポリスにあるアメリカ海軍士官学校での日本女子柔道界のトップ級選手、田知本愛さんの柔道指導は彼女自身のこんな挨拶から始まった。
相手は同校柔道部の男女30人ほど、みな4年の学習を終えて卒業すれば、アメリカの海軍や海兵隊の将校になる大学生たちである。
United States Naval Academy、つまり「アメリカ海軍士官学校」は1845年に創設された伝統ある教育機関である。日本では海軍兵学校と訳される場合も多いが、日本の帝国海軍時代の海軍兵学校という名称と重ねあわせる日本語訳だといえよう。アメリカの陸軍士官学校は日本側では誰も陸軍兵学校と呼ぶ人はいない。
アメリカ海軍士官学校は現在、学生数は約4500人、全米各地から選ばれた文字どおりのエリート男女たちの学業と訓練の場である。
さてこの施設を訪れた田知本選手は東海大学出身の28歳、全日本女子選手権で優勝したほか、世界選手権など数々の国際大会の78㌔超級でメダルを得てきた現役の世界級柔道家である。いまは綜合警備保障に勤めながら筑波大学の大学院でも学ぶ。
同選手は東海大学主体の柔道国際普及団体「柔道教育ソリダリティー」(山下泰裕理事長)から送られてきた。この士官学校柔道部との交流計画で、日本側の一流選手が数週間、同校に通って指導にあたるのだ。
同計画は2010年の井上康生氏の来訪から始まり、翌年からは「トモダチ作戦へのお礼」の意味をもこめるとして毎年、実施されてきた。今回は田知本さんが選ばれ、8月末から9月中旬までの約3週間、毎週3,4回という頻度で海軍士官学校柔道部での指導と練習にあたった。
田知本さんは今回の初日には士官候補生たちにまず得意の大外刈を解説した。その後、さっそく自由な乱取り稽古となり、同選手は男女の別なく豪快に投げて、まず投げ技の基本を実践する形となった。
同校の教授で柔道部長のトム・テデッソ中佐は「日本の一流男女選手の技術に実際に触れることは当校学生には非常に貴重だ」と話していた。
田知本選手は首都ワシントンの「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」でも指導や練習をした。このクラブは大学の柔道部と町道場が一体となった組織で、海軍士官学校柔道部よりもずっと数が多く、柔道の水準も高い。
同クラブのメンバーは大学生だけでなく、医師、弁護士、政府職員、警察官、連邦検事、技師、ビジネスマンと、多種多様で、みなそれぞれ田知本選手の日本柔道の魅力を吸収していた。
田知本選手自身はこの3週間の指導と練習を終えての感想を次のように語った。
「海軍士官学校では、技の説明だけではなく、練習メニューを考えました。自分の伝えたいことが言葉にできず、苦労しました。海軍士官学校では、強くなりたいと思う学生が多くいたように感じられました。私との乱取りが終わった後に、自分のどこが悪かったのか、どうしたら強くなれるかを質問されることや、自分の苦手な相手の特徴を伝えてきて、このような選手にはどう戦えばいいのかなど積極的に質問されることが多かったです。
海軍士官学校の選手はみんな力が強いため、力で技に入ってくることが多く、バランスを崩すことをあまりしていなかったので、技だけではなく崩しも練習でのポイントにしました。最終日には、『自分自身が、上手くなっていっていることが実感できた、来てくれてありがとう』と感謝の言葉を話してくれる選手もいて嬉しかったです」
「ワシントン柔道クラブの目の不自由な選手から、試合に出るので見に来てほしいと誘われて少しの時間でしたが、見学させて頂きました。その大会にはワシントン柔道クラブの選手や海軍士官学校の選手が数名参加していました。会場につくと、指導を行った選手が、挨拶に来てくれたり、自分が指導した連続技を試してくれたことを聞き、嬉しかったです。どちらのクラブも、熱心に説明を聞き、わからないことはどんどん質問してくれる積極性のある姿勢に、柔道が好きだということが伝わってきました。教えたことをすぐに試そうとしてくれる選手たちに、本当に来てよかったなと感じました。海外での柔道指導は、初めての経験でしたが、どちらも温かく迎えていただき充実した日々を過ごすことができました」
田知本選手自身の感想は以上のようだが、この種の柔道交流は日本とアメリカとの間で進む各種の交流のなかでも、きわめて異色であり、実効のある活動だといえよう。
トップ画像:米で指導に当たる田知本愛氏
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。