柔道場で見かける盲導犬が示唆するもの
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
ワシントンと東京と、私が働く二つの都市での共通点の一つは犬である。ペットとして犬を飼う住民が多く、いま滞在するワシントンでも一歩、外に出ると、朝も夕も愛犬を連れて歩く男女の姿がすぐ視野に入る。だが同じ愛犬ということでも、二つの都市で異なるのは盲導犬の存在である。ワシントンでは盲導犬をみることが珍しくないが、東京ではまず目にすることがない、という違いなのだ。
ワシントンでは盲導犬に案内されて、職場に行くとか、用事に出かけるという感じの男女をときどきみかける。一方、東京では私の住む渋谷区では犬の姿はワシントンより多くみえるが、盲導犬をみることはまずない。
さて私が長年、通う「ジョージタウン大学・ワシントン柔道クラブ」にも最近、二頭の盲導犬が毎週、くるようになった。私は学生時代に柔道に励んだ経緯からワシントンでも長い年月、この柔道クラブに通って、練習や指導を続けてきたのだ。このクラブは大学の柔道クラブと町道場が合体した組織で、アメリカの東海岸でも最大最古の実績がある。
その柔道場の端に二頭の犬がじっと横たわる光景がみられるようになった。目の不自由な柔道選手が二人、練習に加わり、彼らを導いてくる盲導犬が待機するようになったのだ。
そのうちの女性ローリーさんはアテネのパラリンピックで銀メダルを得た全米級の選手である。男性のジャスティンさんは中級者だが、筋骨はたくましい。二人とも三十代のようだが、一般の選手たちと積極的に組み合い、激しく稽古する。
二時間の練習時間中、二人のそれぞれの盲導犬が本来はペット禁止の道場内に入場を許され、主人たちの稽古が終わるのを静かに待つのだ。二頭ともラブラドール・レトリーバーという種類で、いずれも明るいクリーム色のきれいな毛色である。体もかなり大きい。
二頭とも物音ひとつ立てずに横たわり、ずっと静寂を保つ様子には感嘆させられる。とくにローリーさんの案内役のローラという名の雌犬はアゴを床につけて、じっと彼女の動きをみつめているようにみえる。
練習後のローリーさんはうれしそうに寄り添ってくるローラの体をなでながら
「柔道は目の不自由な人間が一般の人たちと練習ができる数少ないスポーツですが、でもそれを可能にしてくれるのはこの子だともいえます」と話していた。
日本でも目の不自由な人たちは多いはずだが、盲導犬を市街地でも住宅街でもほとんど目にすることがないのはなぜだろうか、とついいぶかった。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。