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.国際  投稿日:2017/11/4

独裁体制の「安楽死」目指せ 金王朝解体新書その14


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・対北朝鮮経済制裁はロシアが石油の全面禁輸に反対し骨抜きにした。

・日米韓は政治的駆け引きで後れを取った。

・金王朝の安楽死(統一を見据えたソフトランディング)に向けた議論を深める必要がある。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37000で記事をお読み下さい。】

 

本シリーズで幾度か紹介させていただいている、韓国人ジャーナリストのヤン・テフン氏が、フジテレビの関係者に質問したことがあるそうだ。

日本のニュース番組では、しばしば北朝鮮の農村の窮乏ぶりなどを伝える(もちろん隠し撮りされた)映像が流されるのは、どうしてですか、と。直球の質問に対して、答えも率直だったという。北朝鮮を特集すると、視聴率が1~2%上昇するのだという。

なぜヤン氏がそのような問いを発したのかというと、韓国のTVでは、ああいった映像はまず流れないからで、理由は、ひんしゅくを買うからだという。

「だって、そうでしょう。道ばたで行き倒れている北朝鮮の人は、もしかして自分の遠い親戚かも知れないわけですから」

なるほどね、と思った。

いかに軍事的緊張が高まろうと、また「金王朝」による圧政が伝えられようと、韓国の人々にとって、北朝鮮の庶民は同胞に変わりないのである。

現在でも、北朝鮮が米軍の空爆によって焦土と化すことまでは望んでいない。この気持ちは、日本人の私にもよく分かるし、多くの読者にも共感していただけることと思う。

一方、最近そうした映像をあまりみなくなった、と感じる向きも少なくないのではないだろうか。私自身、聞かされて驚いたのだが、実はキム・ジョンウンが「家督」を継いでから、具体的には2011年以降だが、北朝鮮の経済が、わずかながら回復してきた、というのである。その証拠に、脱北者の数が減り続けているとも伝えられる。

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▲写真 ピョンヤン市内 2013年 出典:Uri Tours

締め付けが強化されただけではないか、という声が聞こえてきそうで、実は私自身、最初はそのように考えたのだが、どうもそうではないらしい。

統制経済と、その結果としての窮乏に、庶民がそろそろ慣れっこになってきたのではないか、という観測もあるが(真面目な分析である。念のため)、食料の欠配、つまり予定通り配給されない事態が減ってきた上に、統制からはみ出した闇市=民間のマーケットに並ぶ商品も、かなり多様かつ良質になってきたとの情報もある。

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▲写真 Sariwon Folk Street 2013年5月20日 flickr:Uri Tours

もちろん、日韓などの基準で言えば相変わらず圧倒的に貧しいのだが、たとえば1980年代の「苦難の行軍」などと言われた飢餓の時代と比較したなら、見違えるほどだという。

もともとキム・イルソンが独裁体制を確立した際、国民にどのような公約を示したかと言えば、「全国民が白飯と肉の入ったスープを食し、瓦で屋根を葺いた家に住めるようにする」

というものであった。

今更指摘するのもおかしなものだが、60年以上の時を経て、子から孫へと権力の世襲が行われてきた今も、この公約は果たされていない。やはり、北朝鮮の独裁体制は、その命脈が尽きる時が来たのである。

しかし、現実には米国相手に居丈高な態度をとり続けている。

むしろ、米国トランプ政権の方が足下が危ういとさえ言われている。

これまでその理由は、もっぱら中国に求められてきた。中国と北朝鮮は、かなり長い国境線で接している上に、黒竜江省など東北部には、朝鮮族の住民も大勢暮らしている。したがって、「政治的・経済的・軍事的に米国の強い影響下にある統一朝鮮」など作られてたまるか、という論理が働くのである。

これは私の個人的な考えだと明記しておくが、わが国にとっては逆に、「核武装した、反日的な統一朝鮮」の出現はごめんこうむりたい。理想を言えば、南北朝鮮が統一と同時に永世中立国を宣言してくれればよいのだが、日本人の私がこんなことを言っても、かの国の人たちは耳を貸すまい。

話を戻して、北朝鮮の独裁体制を生き残らせているのは、今や中国よりもロシアによるところが大きい。かつて日本の港に現れては、色々と物議を醸した貨客船「万景峰(マンギョンボン)号」も、現在はロシア航路に就航している。

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▲写真 万景峰号 2010年 Photo by Bumix

それだけではなく、本年9月の一連のミサイル発射に対し、米国はじめ国際社会が強力な経済制裁に動く中、ロシアは、民生用を含めた石油の全面禁輸に反対し、制裁を骨抜きにしてしまった。

どうやらキム・ジョンウンという人物は、相当したたかで、今までのような中国一辺倒では立ちゆかなくなることを見越して、ロシアを巻き込むことに成功したらしい。ロシアにとっても、極東における政治的・軍事的プレゼンスを高めるチャンスをわざわざ作ってくれたようなもので、そう簡単に北朝鮮を切り捨てる選択はしないだろう。

この一例からも分かるように、2017年暮れの段階においては、日米韓は北朝鮮の前に、政治的駆け引きで後れを取ってしまったのだ。

こうなった原因は、ひとつには本シリーズですでに指摘したように、東アジアにおいては冷戦構造が未だ清算されていない、ということだが、もうひとつ、朝鮮半島にどのような国家が存在すべきか、という根源的な議論がなされ、長期的なヴィジョンを打ち出すことが、どこの国にもできなかったからである。

米韓軍による「斬首作戦」が実行できなかったのも、情報漏れが伝えられるが、それ以前の問題として、現在の独裁体制を軍事力でもって崩壊させたとして、その後どうするのか、という点で意思統一をなしきれなかったから、と私は見ている。

核問題を中心に、対話の可能性を排除しないまま、金王朝の安楽死(と言って悪ければ、統一を見据えたソフトランディング)に向けた議論を深める必要がある。

とりわけ多くの在日が暮らし、一方では拉致問題を抱えるわが国の指導者には、米国トランプ政権による強硬な態度を「全面的に支持」と繰り返すばかりでなく、主体的に問題解決へのヴィジョンを示すことが求められる。

トップ画像:金日成キム・イルソン)と金正日(キム・ジョンイル)の像。平壌万里堂大記念館 Photo by Bjørn Christian Tørrissen


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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