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.国際  投稿日:2017/10/28

現実的に考えよ「北の脅威」 金王朝解体新書その12


林信吾(作家・ジャーナリスト)

「林信吾の西方見聞録」

【まとめ】

・北朝鮮の軍備は老朽化、現体制が生き残りを託す頼みの綱が核兵器。

・アジアでは冷戦構造が解消しておらず、それが北朝鮮を生かす原動力になっている。

・中露が朝鮮半島の非核化に真剣にならない限り、北朝鮮の脅威がなくなる望みは薄い。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=36898で記事をお読みください。】

(この記事は2017年9月30日に書かれたものです)

 

衆議院が解散した。安倍首相は今次の総選挙を「国難突破選挙」と称している。5年間の政策の信を問うと同時に、北朝鮮の脅威を「かつてない水準」と喧伝し、国内の体制固め、具体的には憲法9条に自衛隊の存在を明記することで、「改憲を実現した総理」として歴史に名をとどめたかったのだろう。

本当のところ、野党が弱り切っているこの時期に……という算段であったことは、結構みんな分かっていたのだが。ところがそこへ、東京都の小池百合子知事が「希望の党」を立ち上げて国政に登場したことから、情勢が一挙に流動的になった。

総選挙の話は、多くの人が取り上げるであろうから、本稿では、世上よく言われる北朝鮮の脅威とは、本当のところどの程度のものなのかを検証してみたい。

先般、米軍が威嚇行動の一環として、B1戦略爆撃機を、朝鮮戦争停戦以来もっとも領空に近いところまで接近させた。北朝鮮の国連代表部は、「領空の外であろうが、(米爆撃機を)撃墜する権利がある」などと、逆に米国を威嚇するような演説を行ったりしたが、大言壮語とは裏腹に、電力不足でレーダーがまともに稼働せず、爆撃機の接近に気づかなかった様子だという。

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▲写真 米B1-B戦略爆撃機 出典:United States Air Force photo by Staff Sgt. Bennie J. Davis III

他にも、表面上のデータと実態がかけ離れた例がある。北朝鮮は現在、78隻もの潜水艦を保有しているとされ、これは保有数で言うと世界一である。2位が米国で74隻だが、内容がまるで違う。

米海軍が保有しているのがすべて原子力潜水艦であるのに対し、北朝鮮のそれはすべてディーゼル・エレクトリックだ。水上航行中はディーゼルを回し、バッテリーを充電。そして潜行中は電気モーターで駆動するもので、通常型とも言われる。

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▲写真 北朝鮮の潜水艦 1996年 出典:Public Affairs, U.S. Forces Korea

この呼称から分かるように、日本も含め世界的には、通常型しか保有していない国の方が多いのだが、北朝鮮の場合、旧ソ連で設計されたW(ウィスキー)級やR(ロメオ)級が未だ現役にとどまっているのだ。

W旧の原型はナチス・ドイツのUボートのコピーで、その拡大改良型がR級だと言えば、いかに古色蒼然たる装備か、いくらかは想像がつくであろうか。

もちろん、骨董品のような潜水艦だからと言って、まったく驚異にならないということはない。2010年3月に、韓国海軍の哨戒艇チョナン(天安)が沈められたことを、ご記憶の向きも多いだろう。(トップ画像)

もっとも、この事件は当初こそ北朝鮮の潜水艦による奇襲攻撃に違いない、と考えられたが、当の北朝鮮は、「そのような攻撃は行っていない」と一貫して否認しており、韓国のマスコミでも、韓国が放置した機雷に触れたのではないかとか、米原潜と衝突したのではないか、といった憶測が流れるようになった。あり得ない話だとまでは言わないが、沈没現場付近で北朝鮮製の魚雷の破片が発見された、という報道はなんだったのか。

韓国の人たちが、北朝鮮の脅威をあまり真剣にとらえていない、と言われるのも、北朝鮮の食糧不足・電力不足、それに軍備の旧式化が著しいことを、日本人よりもよく知っているから、という側面がある。

キム・ジョンウン(金正恩)委員長が、核兵器と弾道ミサイルにこだわるのも、通常兵器を用いた戦争では、米国はおろか韓国にも勝てないことをよく知っているから、という点でも、軍事関係者の大多数の見方が一致している。

別の言い方をすれば、北朝鮮の現体制が生き残りを託す頼みの綱が核兵器なのだ。だから、北朝鮮が本気で日米と事を構えるとは考えにくいのだが、偶発的な衝突や事故こそが真の脅威であると私は考える。Jアラートが「オオカミ少年」と化す事態こそ憂うべきなのだ。

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▲写真 北朝鮮の弾道ミサイル「火星12」 出典:CSIS Missile Defense Project

ここで、前回私が開陳した議論を思い出していただきたい。

アジアでは今も冷戦構造が解消されておらず、それが北朝鮮という国家を生かす原動力になっている。

ロシアと中国が、朝鮮半島の非核化についてもっと真剣にならない限り、北朝鮮の脅威がなくなる望みは、残念ながらかなり薄いと言わざるを得ない。

トップ画像:北朝鮮の潜水艦の魚雷で沈没する3日前、2010年3月に海上で進行中の天安。 出典/韓国国軍韓国軍


この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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