軍事オプションと拉致問題
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・横田めぐみさん拉致から40年、拉致被害者家族会結成から20年。今なお解決の目処さえたたない。
・全拉致被害者の帰還を実現するには、アメリカの軍事力がキーになる。
・「一刻も早く解放を」という願いながら「アメリカの軍事行動反対」という意見は矛盾している。
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この程、本サイトで政治外交問題について寄稿する機会を与えられた。私の専門は、日米関係を中心とする近現代外交史だが、「救う会」副会長として拉致問題解決のための活動にも携わってきた。アメリカの要人と会う機会も少なからずある。そうした経験も踏まえ、日本の「国際政治力」をキーワードに、さまざまな本音の議論を発信していきたいと思う。
初回は、軍事オプションと拉致問題の関係について考えてみよう。
■限られた時間
2017年11月15日で、横田めぐみさん拉致から40年を経た。1997年の「拉致被害者家族(以下、家族会)」結成から数えても、ちょうど20年が経つ。しかし、今なお解決の目途さえたたない現状は、まさに「国家の恥」(横田早紀江さん)という他ないだろう。
▲写真 横田めぐみさん(中学生当時) 出典:「北朝鮮による日本人拉致問題」HP
家族会代表に横田滋氏が選ばれたのは、拉致被害者のめぐみさんの父である。東京近郊に在住であることの他に、親世代のなかでは比較的若いというのも理由だった。しかし滋氏も85歳を迎え、最近放送された幾つかのドキュメンタリーでも明らかになったように、心身の急速な衰えを隠せなくなっている。周囲との意思疎通も難しくなってきた。まさに時間は限られているのである。
▲写真 2014年1月30日、在日本アメリカ合衆国大使館にて横田滋、早紀江夫妻(右から3番目と2番目)とケネディ大使 flickr:East Asia and Pacific Media Hub U.S. Department of State
めぐみさんについては複数の筋の情報があり、私自身は生存を確信している。ただし、工作員の教育に関わってきた経緯から、秘密保持のため、北朝鮮の現政権が続く限り、容易に解放しないだろう。
日本から物的支援を得るため、また日米分断を図るためといった理由から、今後、北朝鮮が一部の拉致被害者を返してくることはあるかも知れない。しかし、全被害者の帰還を実現するには、北の現政権を倒す以外にはない。
■金正恩政権崩壊のカギ
そのカギとなるのは、率直にいってアメリカの軍事力である。金正恩政権崩壊のもっとも望ましいシナリオは宮廷クーデター、あるいはジンバブエの独裁者ムガベに対して起こったような軍事クーデター、すなわち内部崩壊だ。
しかしアメリカの攻撃が真に差し迫った状況にならなければ、金正恩周辺が、失敗すれば家族もろとも過酷極まりない運命に晒されるリスクを冒してまで立ち上がることはないだろう。実際に攻撃が始まり、幹部層に死者が出るまでクーデターは起きないと見るべきかも知れない。
その点、安倍首相が「すべての選択肢がテーブルの上にあるというトランプ大統領の立場を一貫して支持する」、すなわち軍事決着を含めて支持するとの立場を明確にしているのは極めて正しい。
▲写真 日米首脳会談 2017年11月6日 出典:首相官邸
米軍が朝鮮半島で作戦を展開するに当たって、在日米軍基地を自由に使えること、日本の後方支援を受けられることは決定的要素となる。他の友好国が発するであろう一般的な支持表明やモラル・サポートとは次元が違う意味をもつ。
▲写真 在日米海兵隊と陸上自衛隊の合同研修 2017年11月9日 flickr:在日米 海兵隊
日本の首相が、米軍は有事に当たって日本のフルサポートを受けるとの趣旨を明示することで、アメリカの軍事オプション発動という圧力に一段の信頼性、信憑性が加わるのである。
北朝鮮の核ミサイルの脅威は、米国の中枢部に壊滅的被害を与えうる段階に達しつつある。距離的に近い日本にとって事態はより深刻と言える。
経済制裁だけで北の核ミサイル開発をとめられたと判断すれば、米国側の軍事オプション発動はないだろう。制裁の効果は端的に、今後、北朝鮮が長距離ミサイルの発射実験をどの程度成功させるかで測られることになるであろう。
さらなる実験が行われなかったり、あるいは空中爆発や途中落下などの失敗が続いたりするようなら、「制裁が功を奏しているかも知れないから、もう少し様子を見よう」となるはずだ。逆にロサンゼルスやニューヨークを越える飛距離を出して成功という結果となれば、軍事オプション発動の流れになるであろう。
■もし米朝開戦すれば
米国の軍事行動開始と同時に、北朝鮮は米軍基地のある日本を攻撃対象としてくる。基地だけでなく、都市部にもミサイルを撃ち込むであろう。それ故、仮に戦端が開かれるのであれば、北の核ミサイル配備の前に行われることが、日本にとって死活的に重要となる。核ミサイルが一発都市を襲えば、瞬時にして数十万の人命が失われる。通常弾頭のミサイルの場合とは、被害の程度が比較にならない。
経済制裁だけで北の現政権が倒れ、後継政権が核ミサイル放棄、拉致被害者解放を実行するとなるのが理想だが、願望は政策ではない。政治は悪さ加減の選択ともいう。北の実戦配備前の軍事オプション発動は、実戦配備後の発動より望ましい。
米軍は、一般市民の居住地域は避け、北朝鮮の指令系統中枢部や核・ミサイル施設をはじめとする軍事施設、軍事拠点に限定して空爆作戦を展開するだろう。それでも、拉致被害者に危害が及ぶリスクは残る。しかし私が拉致被害者なら、生殺しのような状態が続くよりは、リスクはあっても一気に決着を付けて欲しいと思うだろう。政治犯収容所に入れられているような状態ならなおさらである。考えたくないことだが、「反抗的」と北の当局に烙印を押された一部の拉致被害者が収容所で日々虐待に晒されている可能性はある。
北で不当拘束された米国人のオットー・ワームビア青年が重大な脳の損傷を受けて死亡した事例は記憶に新しい。両親によれば、歯に拷問の跡があったという。「まさかアメリカ人に対して、死に至らしめるような虐待はしないだろう」という大方の観測は見事に裏切られた。
▲写真 オットー・ワームビア氏 2016年2月19日ピョンヤンで会見 flickr:Karl-Ludwig Poggemann
「一刻も早くめぐみさんと両親が抱き合う姿を見たい」と言いながら、「アメリカによる軍事行動には絶対に反対」を唱えるような態度は、私には矛盾のように思える。
トップ画像:2017年11月6日 拉致被害者御家族との面会にて、握手を交わす安倍首相とトランプ大統領。 出典:首相官邸
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。