米国共産党には入らないという習近平氏
島田洋一(福井県立大学教授)
「島田洋一の国際政治力」
【まとめ】
・習近平氏は「自分がもし米国に生まれていたら、米国の共産党には入らないだろう。」と語った。
・アメリカの運動体「Black Lives Matter」は、一種の共産党というべき側面がある。
・極左の側においては共産革命を目指しつつも共産党は名乗らず「差別に抗議する」団体という衣装をまとうのが戦術。
安倍晋三回顧録に、「自分がもし米国に生まれていたら、米国の共産党には入らないだろう。民主党か共和党に入党する」という習近平中国共産党総書記の言葉が引かれている。国家権力掌握に執念を燃やす者としては当然だろう。
「つまり、政治的な影響力を行使できない政党では意味がないんだ、ということです」と安倍首相は解説している。
アメリカの「黒人の命は大事」(Black Lives Matter 以下BLM)という運動体は人種偏見と闘う人権NGOを標榜するが、一種の共産党というべき側面がある。現に、共同創設者の黒人女性パトリッセ・カラーズは「我々は訓練されたマルクス主義者である」と公言してきた(カラーズ自身はその後、資金流用疑惑から辞任)。
共産革命やマルクス主義を露骨に掲げれば、アメリカでは勢力を得られない。実際、一応歴史のある米国共産党が存在するが泡沫政党の域を出ない。BLMも黒人マルクス主義団体と見られていた頃は、資金が集まらなかった。
アメリカには、共産党を非合法化すると同時に共産主義活動組織への参加、支援を禁ずる「共産主義者統制法」(1954年)がある。ただしこの法には、連邦地裁レベルで違憲判決が出ており、最高裁はいまだ憲法判断を下していないものの実際には「死法」に近い。
興味深いことに、この法律を熱心に推進したのは、ジョン・F・ケネディ上院議員(当時)を含む民主党のリベラル派だった。
当時はまだ「赤狩り」の異名で知られるマッカーシー旋風が終息していなかった。特に左派系議員は「シロ」をアピールするため、また批判を「共産党」や「公然共産主義者」に集中させるため、積極的に動く必要を感じていたのである。
第二次大戦の英雄で、アイゼンハワー大統領(当時)の上官だったマーシャル元帥(戦後、国務長官、国防長官)を標的にするなど無謀な形で敵を増やしたジョゼフ・マッカーシー上院議員が、上院で問責決議を通されたのはその年の年末、1954年12月のことだった。
ところで、エドガー・フーバー長官が君臨し、反共主義の砦の感があった連邦捜査局(FBI)は同法の成立や施行に否定的だった。「危険分子」は「地上」で徒党を組んでくれた方が監視しやすく、非合法化で「地下」に潜られると捕捉しにくくなるからである。
これは、現在の米司法当局が、極左暴力集団アンティファのテロ組織指定に慎重姿勢を取る事情にも通ずる。
この種の取締法制は監視活動の法的根拠となる「適度のレベル」のものが望ましく、「解散命令」を強いられるなど強力過ぎるものは逆効果で、仮に法律が出来た場合でも、正面から発動しないのが治安対策上正解との判断である。市民社会に害を与える違法行為に走った活動家は、個別に刑事犯として検挙していけばよい。
米国では、共産主義者統制法の前に「国内治安維持法」(1950年)があり、「全体主義的独裁」を唱える人物の公務員任用禁止などが規定されていたが、その後最高裁が同法に違憲判決を出し、無効化された。今やBLM幹部のようにマルクス主義者を自認するだけでは、何ら社会的に制約を受けない。
要するに極左の側においては、共産革命を目指しつつも共産党は名乗らず、「差別に抗議する」団体という衣装をまとうのが戦術的に最も賢明ということになる。
実際、極左の襲撃対象にならないよう保険を掛けたい経済団体やリベラル派の富豪からBLMに続々寄付金が集まっている。プロスポーツのスター選手などもその一部をなす。
ちなみに以前、女子プロテニスの大坂なおみ選手の声明文(2020年8月26日)に「警察の手による引き続く黒人大虐殺(genocide)」を糾弾するという表現があって危惧を覚えたことがある。
BLMのスピンアウト(跳ね上がり)グループとして警察襲撃、放火、経済活動破壊を先導する、先述のアンティファのスローガンそのものだからである。性格もよく、まだ若い選手だけに、問題あるブレーンに取り込まれないようにして欲しいと思う。
トップ写真:タイのプラユット首相と共にAPEC(アジア太平洋経済協力)首脳会議に参加する中国の習近平国家主席。(2022年11月18日、タイ・バンコク)出典:Photo by Lauren DeCicca/Getty Images
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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授
福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。