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.国際  投稿日:2023/5/1

LGBT問題は米民主党の「接着剤」


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・米民主党がLGBT差別禁止法案を提出したが、共和党が反対し成立の見込みなし。

・LGBT問題は、民主、共和両党にとって党の結束を誇示する「接着剤」的テーマ。

・同問題を巡っては、次期大統領を目指す民主党の政治家の間でジャブの応酬と言える動きもある。

ラーム・エマニュエル駐日米国大使が日本の国会に対し、「LGBT差別禁止法案」を速やかに成立させるよう促す言動を繰り返し、保守派の間で、内政干渉だとする反発の声が高まっている。エマニュエル氏は、民主党オバマ政権で大統領首席補佐官、その後シカゴ市長を務め、本国ではつとに、極めて党派的かつ戦闘的な姿勢で知られている。

ところで当のアメリカでは、民主党が包括的なLGBT差別禁止法案(名称は平等法)を提出したものの、共和党が一致して反対する姿勢を崩しておらず、予見しうる将来、成立の見込みはない。

共和党の反対理由の柱は、差別の定義が曖昧で、女性の保護を掘り崩し、信仰の自由を脅かすというものである。従ってエマニュエル大使の発言はあくまで米民主党の意見であって、アメリカ全体の意見と捉えると状況を見誤る。

LGBT問題はアメリカでも、というより日本以上にアメリカにおいて、激しいせめぎ合いが続いているテーマなのである。

同時にLGBT問題は、内部に大小さまざまな軋轢を抱える民主、共和両党にとって、党の結束を誇示し、一枚岩で外部に対しうる得難い「接着剤」的テーマでもある。

エマニュエル大使としては、この問題で「自分が日本に差別禁止法を成立させた」と言える展開を作ることで、所属する民主党全体から評価を得たいとの思惑が働いていよう。

というのは、エマニュエル氏の駐日大使就任にあたっては、共和党以上に、民主党の最左派グループから強い反対の声が上がった経緯があるからである。具体的に見てみよう。

今年2月下旬、民主党左派を代表する若きヒロイン、アレクサンドリア・オカシオコルテス米下院議員(AOC)が来日した。

写真)ワシントンD.C.の連邦議会議事堂前で行われた「グリーン・ニューディール」に関する記者会見で発言するアレクサンドリア・オカシオコルテス米下院議員 (2023.4.20 ワシントンD.C.)

出典)Alex Wang/Getty Images

AOCは東京で、LGBT問題で日本がもっとまともに対応すれば日米関係に資すると発言し、さらに米メディアのインタビューに答えて、「日本は、単に結婚の平等だけでなく、広くLGBTコミュニティを受け入れる方向に動かねばならない」と同性婚の法制化に加えトランスジェンダー「差別」の解消にも努めるべきと踏み込んだ注文を付けた(ブルームバーグ、2月22日)。そのことで米保守派から、余計な内政干渉をするなと批判を浴びている。

一見、エマニュエル大使とAOCは同志的に歩調を合わせていると映る展開である。

ところがAOCは、バイデン大統領がエマニュエル氏を駐日大使に指名した際、「深く恥ずべき」人事と非難し、撤回を求めたことで知られている。なぜか。

2014年、若い黒人男性が、シカゴ市警警官の発砲で死亡した事件に関し、当時選挙を控えていたエマニュエル市長が、自身の再選を待って現場ビデオを公表した行為を、AOCはじめ民主党左派は、個人的利益を優先した証拠操作と厳しく指弾した。

2021年にAOCが出した「エマニュエル大使人事反対」声明から引いておこう。

「この人事は、深く恥ずべきものだ。シカゴの市長として、ラーム・エマニュエルは、ラクアン・マクドナルド(シカゴの警察官に背後から16発の銃弾を撃ち込まれた時、まだほんのティーンエイジャーだった)殺害事件の隠蔽に加担した。それだけでも、いかなる公職にも就く資格がないと断言せねばならない。いわんや、大使としてアメリカを代表するなど論外だ」

もっとも保守派に言わせれば、AOCは「警察の資金を断て」運動の中心人物で、エマニュエル氏以上に犯罪に甘く、治安問題で発言する資格などないということになる。

なおAOCは、日本滞在中に福島も訪れ、反炭素運動の旗手グレタ・トゥンベリさん同様、原子力活用に一定の理解を示し、日本の原発管理体制は「科学的で、安心できた」など評価する発信をしている。要するに、火力発電所を動かすくらいなら原発をという立場である。 

なお、共和党においても、民主党流のLGBT差別禁止に反対し、巻き返しが必要とする点では立場が一致するものの、特に次期大統領を目指す政治家の間で、ジャブの応酬と言える動きはある。

例えばフロリダ州では、2024年大統領選の有力候補でもあるロン・デサンティス知事主導で、小学3年以下の教室では、性自認や性的指向に関するイデオロギー教育をしてはならないとする州法を成立させた。これに対し左派勢力から、LGBT差別であると同時に言論の自由の抑圧だとする激しい非難や訴訟の動きが起こった。一方、共和党知事の州においては、あとに続く動きが活発化している。

写真)イスラエルのエルサレムで開催されたエルサレム・ポスト会議でスピーチをするフロリダ州知事のロン・デサンティス (2023.4.27 イスラエル)

出典)Amir Levy/Getty Images

もっとも、すでに共和党の大統領予備選出馬を正式表明し、本格的に運動を展開しているニッキー・ヘイリー元国連大使(元サウスカロライナ州知事)は、デサンティス氏の姿勢は甘すぎるとして、小学生全般にわたって禁じるべきだとする主張を打ち出した。

写真)ニューハンプシャー州ベッドフォードで行われたタウンホールイベントでスピーチする、共和党の大統領候補で元国連大使のニッキー・ヘイリー(2023.4.26 ニューハンプシャー州)

出典)Spencer Platt/Getty Images

「私が生徒だった頃は、中学1年まで性教育はなかった。しかも、その授業を受けさせるか否かについて、親の同意書が必要だった」

さらにこう続けている。

「ロンは良い知事だと思うが、小学3年生以下では、という線は低すぎる。私の考えでは、小学校ではジェンダーについて話してはならない。それが結論。子供にその種の話をする場合には親の許可を得なければならない」

ヘイリー氏(51才)は2人の子を持つ母親だが、その立場から、「(性自認や性的指向に関する問題は)親と子の間で扱うべき事柄だ。学校が教える必要はない」と明言している。

なおデサンティス氏は、小学3年生までとしたのはあくまで政治的妥協であるとして、その後、小中高を通じてLGBT教育を禁止する方向で根回しを進めている。

以上、LGBT問題をめぐる米国内の複雑な政治状況の一面を記した。

トップ写真:日米首脳との記者会見で耳を傾けるラーム・エマニュエル駐日大使(2023年1月11日 ワシントンD.C) 出典:Drew Angerer/Getty Images




この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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