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.国際  投稿日:2017/12/13

トランプ氏、露ゲート隠しか 外交大失策


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2017#50(2017年12月11-17日)

 

【まとめ】

・トランプ大統領、エルサレムをイスラエルの首都として公式に認めた。

これは米国外交上の大失敗であり、中東の混乱と米国の信用失墜に拍車をかける。

・「ロシア・ゲート」関連捜査との関係もあるのではないか。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれていますが、サイトによって写真説明と出典のみ記載されることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=37339でお読みください。】

 

先週はトランプ氏がエルサレムをイスラエルの首都として公式に認めたことで大騒ぎとなった。関連報道や噂は聞いていたが、まさか本当に実行するとは思わなかったので、文字通り言葉を失った。要するに、米国の伝統的外交政策主流派の敗北である。

文中1

▲ 写真)エルサレムをイスラエルの首都として公式に認めたトランプ氏 出典)Twitter(ドナルド・トランプ氏)

エルサレムの帰属については様々な意見がある。例えば、アラブ社会主義者なら、「米英帝国主義の手先であるイスラエルがパレスチナに植民し、アラブから強奪した土地の一部」と言うだろうが、シオニストであれば、「紀元前からユダヤ民族の都であり、今はイスラエルの不可分の首都だ」と切り捨てるはずだ。

筆者の見立てはどちらでもない。今のエルサレム問題は1967年の第三次中東戦争中イスラエルが東エルサレムを含む西岸・ガザを占領したことで生じたと見る。この歴史的経緯は正確に理解される必要がある。という訳で、今回は少し長くなるが、中東近代史のおさらいから始めよう。

文中2

▲ 写真)第三次中東戦争 出典) Public domain

1967年当時、国連安保理は「最近の紛争で占領された領土からのイスラエル軍の撤退」を求めた決議242を採択する。以来、東部分を含むエルサレムの帰属は未解決というのが国際法の理解だ。

1973年の第四次中東戦争後、パレスチナ問題は米国などの仲介により、78年のキャンプ・デービッド合意、93年のオスロ合意などを経て交渉による解決が模索された。この間、米国を含む国際社会は一貫して「エルサレムの帰属は未決」との立場を堅持してきた。

文中3

▲ 写真)キャンプ・デービッド合意 (左から)ベギン、カーター、サーダートによる三者会談 出典)Public domain 

エルサレムの帰属が未解決である以上、米国を含む各国が大使館をテルアビブからエルサレムに移転させることはなかった。多くの米国大統領候補が選挙戦中に大使館移転を公約したが、約束が履行されることはなかった。この問題は余りに機微で和平交渉の最終段階でしか解決出来ないと考えられたからだ。

 

 〇欧州・ロシア

14日に欧州理事会が恐らく今年最後の会合を開く。議題は英国のEU離脱とEUROなど経済問題だそうだが、先週とは打って変わって、欧州はもうクリスマス休暇モードではないのか。その唯一の例外がドイツで、15日に社会民主党が会合を開く。メルケル首相のCDUとの大連立をどうするか、そろそろ決める時なのだろう。

しかし、これで大連立となれば、今まで連立しないと言ってきた連中はどう説明するのか。連立政権では弱いパートナーの方が埋没する。日本の例を見ても、それは明らかだろう。だが、そんなこと初めから分かっているはず。今回の連立の行方はドイツの内政を大きく左右しかねないので、年末まで要注目だ。

また、14日は恒例のプーチン大統領による記者会見がある。もう、次期大統領選への出馬を発表しているから、今回は事実上選挙戦の始まりといっても過言ではない。それにしても、こんな選挙に対抗馬として一体誰が出馬するのだろう。勝ち目はないし、下手に健闘すれば、命すら危ない。ロシアとは誠に不思議な国である。

 

〇東アジア・大洋州 

13日から韓国大統領が訪中する。同日ミャンマー大統領が訪日する。15日に国連安保理が北朝鮮問題で閣僚級会合を開く。議長国は日本で、河野外相が仕切るのだろう。恐らくこんな仕事ができるのは河野外相ぐらいだろう。パーフォーマンスとはいえ、やるとやらないとでは雲泥の差だ。

 

〇南北アメリカ

トランプ政権は今回の首都認定決定でもエルサレムの帰属は未決のままと主張するが、パレスチナ、アラブ、イスラム教徒にとっては米国の裏切りとしか映らない。この決定は米国外交上の大失敗であるだけでなく、中東地域の混乱と米国という国家のクレディビリティ(信用)失墜に拍車をかけるだろう。

トランプ氏ほど、米国外交上の国益より国内支持者への公約実現を優先した大統領はいなかった。現在米国内で進行しつつある「ロシア・ゲート」関連捜査との関係もあるのだろう。いずれにせよ、この決定が米国の国際的指導力に与える悪影響は計り知れない。今頃高笑いしているのは、ロシアと中国とイランの指導者ではなかろうか。

 

中東・アフリカ 

中東では既に多くの抗議運動が発生しているが、今のところ、予想されたほど激しくはないようだ。これが「嵐の前の静けさ」なのか、このまま「不発」に終わるのかは、現時点では分からない。今言えることは、欧州などでテロが再発しかねないこと、穏健アラブ諸国で混乱が起きかねないことぐらいだろう。

 

〇インド亜大陸

インド外交が絶妙のバランス感覚を発揮している。11日にはニューデリーで露中印外相会談が、12日には日印豪の外相が、それぞれ開かれるのだ。

今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

TOP画像:エルサレムの嘆きの壁の前で祈りを捧げるトランプ大統領 出典)Flickr The White House

 

 

 

 


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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