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.国際  投稿日:2018/1/1

トランプによる不安定化加速【2018:中東】


大野元裕(参議院議員)

【まとめ】

・トランプ政権のエルサレム首都認定や対イラン強硬姿勢が中東を不安定化させる。

・サウジは経済改革推進継続、油価に影響も。

・イスラーム国が支配地域奪還し、反米過激派勢力が台頭する。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37764でお読みください。】

 

■ トランプ政権の決断による影響

2017年も中東にとって混迷の年となった。継続する内政の不安定や中東域内での対立に加え、トランプ政権誕生に伴う米国発の不安定が加わることとなった。

トランプ大統領による中東に対する介入は、シリア政府による化学兵器使用を断定した上での2017年4月の空爆にとどまらなかった。同年12月には、トランプ大統領は、安保理諸決議により、当事者間の協議の最後に地位が決定されるとされてきたエルサレムをイスラエルの首都と認め、当事者たるパレスチナの反発のみならず、米英仏中露等がこぞってこれを非難し、あるいは域内各国が強い憤りを見せた。

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▲写真 エルサレムをイスラエルの首都と認めた文書に署名するトランプ大統領 2017年12月6日 出典:ドナルド・トランプ公式Facebookページ

さらにパレスチナ自治区地域では、カチューシャ弾(注1)の発射、投石やデモが相次ぐこととなり、緊張と不安定が拡大したのであった。トランプ大統領は就任以来、国内の支持者の歓心を買うために、外交分野において、国際法や国際社会の慣習を無視する行動を繰り返してきたが、このエルサレム事案もまた、中部・南部のユダヤ票および伝統的なキリスト教保守層へのアピールと考えられる。

このようなトランプ政権が中東に及ぼす影響は、2018年も継続しそうである。パレスチナにおけるデモ等の動きは、ヒズボッラー等による第三次インティファーダ呼びかけやガザ地区内強硬派による散発的なカチューシャ弾発砲等は見られるものの、自治区政府並びにハマース双方の自制もあり大規模な抵抗運動に発展してはいない。しかし、金曜日ごとに繰り返されている抗議デモに対し、イスラエル側が強硬な姿勢に出たり、自治区政府側が治安権限を有するA地区にイスラエルの官憲が展開する等の事態があれば、問題は一気に拡大する可能性がある。

 

「イラン嫌い」なトランプ政権

エルサレムへの米国大使館の移転問題については、大使館のセキュリティ確保が十分できる用地が見つからない等を理由として先延ばしにすることは十分可能である。が、トランプ政権内にはフリードマン駐イスラエル大使や娘婿のクシュナー上級顧問等、イスラエル寄りとされる要人も少なくない中、大統領の政治的決定によっては、エルサレム問題に火がつく可能性は否定できない。

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▲写真 トランプ大統領のイスラエル訪問に同行するクシュナー大統領上級顧問と夫人のイバンカ大統領補佐官(トランプ夫妻後方)2017年5月22日 Photo by Matty Stern / U.S. Embassy Tel Aviv

米トランプ政権内のキーマンには、「イラン嫌い」がそろっている。フリン大統領補佐官バノン首席戦略官兼上級顧問は政権外に出たが、イラクにおいてイラン製とされるIED(注2)によって部下等を殺害された経験を持つマティス国防長官並びにマクマスター国家安全保障担当補佐官、ムスリムに対して強い対応を主張してきたケリー首席補佐官並びに対イラン強攻策を主張してきたボンペオCIA長官等が今もなおそろっている。

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▲写真 マティス国防長官(左)とクウェートのモハメッド・ハリード・アル・ハマド・アル・サバーハ(Mohammad Khalid Al Hamad Al Sabah)防衛大臣(右)2017年12月5 flickr:James N. Mattis DoD photo by Army Sgt. Amber I. Smith

1月中旬にはイランの核合意履行状況の評価が出される予定だが、トランプ政権は核合意そのものではなく前文が履行されていないことまで取り上げて問題視してきており、イランに対する強い姿勢は継続するものと考えられる。北朝鮮情勢の推移にもよろうが、トランプ政権の本命の標的はイランであり、強硬な方向に動き出した際、政権内に歯止めがきかない状況にあることは懸念される。

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▲写真 イラン最高指導者 ハメネイ師 Photo by seysd shahaboddin vajedi

 

■ サウジアラビアの外交

中東域内では、エジプト、シリア、イラクといった伝統的なアラブ大国の相対的な力の後退が見られる中、イラクやイエメン、レバノン等でのイランを中心とするシーア派勢力の伸張が見られてきた。

その一方で、イランとライバル関係にあるサウジアラビアはイランの脅威を強く喧伝し、シーア派勢力が伸張する諸国で対立や衝突にまで発展している。特に、イランが支援するフーシー派と勢力拡大を図るイエメンとの間では空爆やミサイルの応酬が継続している。イエメンにおける伝統的な反サウジ感情のみならず、イランとサウジの敵対関係に鑑みれば、問題が一朝一夕に解決するとは考えにくい。

このサウジアラビアでは、ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子が実権を握って以降、王族をもターゲットとした社会改革と共に、経済改革が進まない中、国民の不満を外に向けるためか、冒険主義的な外交政策も目立っている。レバノンやシリア、イエメン等への介入政策は、経済改革と油価をにらみながら今後も継続することとなろう。

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▲写真 ムハンマド・ビン・サルマーン皇太子 2017年3月16日 flickr: James N. Mattis (DOD photo by Sgt. Amber I. Smith)

その油価であるが、産油国にとって最悪の状況を脱し、産油国の非化石燃料分野での成長も3%を超える状況になってきたところ、石油に依存しない経済改革の推進は2018年にも加速していくであろう。他方、ドバイや欧州での油価と比較し米国のWTI価格が低迷している状況は継続している。これに対して湾岸産油国はカルテルの維持や大統領選挙を控えて油価の高値維持を狙うロシアとの連携等により、油価の維持を図る構図となろう。その一方で中東情勢は、エネルギー価格に大きな影響を与える要因となり注目される。

 

■ イスラーム国の支配地域奪還の動きと反米過激派勢力の台頭

1990年の湾岸危機、2010年の「アラブの春」を経て継続する中東諸国の内政は、難民危機や武装派過激勢力の台頭をもたらし続けている。2017年にはシリア並びにイラクにおいてイスラーム国が大きく勢力を後退させた。

▲モスル奪還を宣言するアバーディイラク首相のTweet

しかしながら、ガザ地区やシナイ半島、イエメンやアフガニスタン等でイスラーム国は地道に勢力を拡大させており、シリアの一部地域でも支配地域奪還の動きが残っている。これに加えて中東諸国の不安定は、複数の反米過激勢力を生み出してきており、ソマリアやシリアはその最前線となっており、これら勢力の拡大や国外流出に注目すべきである。

また、パレスチナ人の憤怒もたまってきている他、アラブの春でダメージを受けた多くの国々においても社会的不満が是正されず、あるいは一部に不安定が残っているところ、これらのマグマがいかなる方向に向かうかに注意すべきであろう。

注1)カチューシャ 小型ロケット砲全般の呼称

注2)IED(Improvised Explosive Devic)即席爆発装置。アフガニスタンやイラクなどで多用された

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▲写真 BM-21 ソビエト連邦が1960年代初頭に開発した122mm自走多連装ロケットランチャー。現在ロシア軍が使用。他の多くの国でも使用されている。ヒズボラも使用。 Photo by Wikifreund

トップ画像:モスル奪還を宣言するイラク アバーディ首相 2017年7月11日 出典 Twitter Haider Al-Abadi


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