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.社会  投稿日:2014/3/4

[為末大]“気づき”はどこからくるのか〜気づいた瞬間、私たちは「自分の知らない自分」に出会う


為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

執筆記事プロフィールWebste

 

「気づきを得た」と私達は表現するけれど、“気付き”とは何だろうか。

“気づき”は何か思い込んでいた自分に「はっ」とするという瞬間などに使われ、「ああ、そうだったんだ」という腑に落ちた感がある。そして“気づき”はいつも“ある事に気づく”感覚がある。

“気づき”というのは、その言葉通り、そこにあった事に気づいた事を表現している。つまりはどこからか新しいものがもたらされる訳ではなく、「既に自分の内側にあった事に気づくこと」を“気づき”と呼んでいる。あったのに知らなかった事を知った瞬間。

気づいていない人に気づかせる事はできるのだろうか。

知識を伝える事はできても、“気づき”そのものを与える事はできない。“気づき”はいつも自分事で、ある意味では、気づいた瞬間は、自分の知らない自分に出会ったと言えるのではないか。

教えられたというよりも、尋ねられた事で“気づき”がもたらされた事が多かったように思う。どうしてなんだろうと自分に問いかける事がまずあって、それから何かのきっかけで答えがもたらされる。僕の“気づき”はそういう感覚が強かった。

ああ、ここに立っているから対象がそう見えてたんだ。僕の最初の“気づき”はそんな感覚だった。気づいた後は、見え方が変わり、見え方が変われば自分にとっての世界が変わる。

“気づき”はいつも体験だと思う。

 

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