競争イコール格差ではない
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
【まとめ】
・「競争」に抵抗がある人が世の中には多い。
・世界の常態は競争。意欲と能力と環境によって結果は変わり、そこに格差は不可避。
・歴史上人類は、最も安全で挑戦しやすい状態に私たちはいる。
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語弊があるのは承知で、どうしてこうも競争嫌いな人がいるのだろうかと思う時がある。誰が一番かを決めたり、勝ち負けをはっきりさせるということに抵抗感を抱く人が少なからずいる。私の小学校は運動会で一番を決めなかった。正確には覚えていないが徒競走は行って、だけれども順位をつけなかったとかそんなことだったような気がする。
▲イメージ画像:Photo by nubobo
とは言え、差は自明のものでいくら濁しても誰が一番かみんなはっきりわかっていた。バレンタインも同じようにチョコレートが禁止だった気がするが、とはいえ誰が誰を好きで、誰が一番人気かなんて、みんなわかっていた。隠されるから、余計に子供はそれを意識する。
興味深いので何度も引き合いに出すが、経済学者の大竹先生が、子供自体に競争を行わず差をはっきり意識しなかった人たちは大人になって、社会保障など弱者救済に否定的になるという研究をしている。理由は、人間には能力差がない(またはあってはならない)というモデルを信じているので、大人になってからの差は全て努力の差という認識になるからだと言う。世の中には明確な差があり努力ではなんともならないものがあるというモデルが、社会保障の根底にはある。
競争をすれば格差が広がるという意見もあるが、競争イコール格差というわけではない。プロスポーツでは競争イコール格差となっているが、アマチュアではそうとも言い切れない。長距離では企業によっては一番の選手より、年齢が上の三番目の選手の方が給与が高かったりする。名誉格差はあまり叫ばれない。主には収入の格差なので、それは競争というよりも、結果に対してどの程度差がある対価が支払われるかによって決まる。
それでも競争したら多少は格差が広がるじゃないかと競争しなかったらどうなるかというと、一歩引いた目線で見ればもっと大きな世界の大集団は皆競争しているので、その人たちに追い抜かれるだけだと思う。
競争を止めようと叫んだところで、上海の若者が一生懸命働くことを止められない。学生は楽しむのが本分だと言ったところで、途上国の学生が勉強することを止められない。そもそもほとんどの競争相手には日本語が通じない。少し前の日本に世界からお前らがそんなに努力するから俺たち負けちゃったじゃないかという批判があったとしても聞かないだろう。それと同じだと思う。
▲イメージ画像:出典 Pixhere
負けることはあるが、負けてもそれは自分の否定ではない。運が悪かっただけなのでまた勝負すればいい。勝負嫌いの人の多くが、過剰に勝負と自分とを重ねすぎている。勝負に一喜一憂しすぎる人ほど勝負は怖くなる。負けた悔しい。勝った嬉しい。どうすれば勝てるか。なぜ負けたのか。それの繰り返しをしているだけにすぎない。私は面白いと思う。面白くないと言う人もいると思う。いずれにしてもそうしている人だらけの中に私たちはいる。
世界の常態は競争である。意欲と能力と環境により、結果は変わり、そこに格差はどうしても生まれる。世界の常態自体が問題だと思って革命を起こすのもいいかもしれないが、歴史上は競争状態は基本的には保たれてきた。もちろん競争なのでうまくいかない人もいるので、それらは国家が補償すべきだと思う。その補償が十分かどうかという議論はさておき、振り返ると人類史では最も安全で挑戦しやすい状態に私たちはいる。
何度も言うが、世界の常態は競争である。そして、競争を止めようと話しかけて聞く相手ではない。
(この記事は2017年7月18日に為末大HPに掲載されたものです)
トップ画像(イメージ):出典 Pixabay
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。