FIJ設立記念ファクトチェック・シンポジウム
スポーツ  投稿日:2018/1/14

ののしりの言葉と自己矮小化

JB180114tamesuetop
Pocket

為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

【まとめ】

・人を罵ることに抵抗がない人間は強者か、弱者かに分けられる。

・弱者の一定数は自分の力を過小評価しているだけなのではないか。

 ・全ての人には人を傷つける力があり、隠れているつもりでも気づかれている。

 

ACジャパンのキャンペーン「苦情殺到!桃太郎が話題になっている。自分の人生を振り返って、人に対して辛辣だった時期(今もかもしれないが)を振り返ってみる。

もともと物事を斜めにみる癖があるので、昔は結構あれはよくないあいつはだめだということを話していたように思う。今振り返ればどうせ自分が言っていることなんて相手に届くはずがないし、届いたところで自分のことも知るはずがないし、知らない人の言葉なんて気にもしないだろうというのが知らず知らずのうちにあった。

ところがあるタイミングで、自分が少し表に出るようになると、こんなにも人に文句を言われたり、嫌われるのは辛いことなのかと感じた。よく言われるように講演者からは聴衆は驚くほど見えている。誰がこちらを見ていて、誰がつまらなさそうにしていて、誰がどんな服を着ているかすら。それに似ているかもしれない。それでも競技をやっている以上は表に出ざるをえない。だから結局慣れるしかなくて、時間がかかったのだけれどもなんとか慣れたが、アスリートは真面目だから私のような無神経な人間ばかりではない。幾人かの選手はそのプロセスの中で本当に人に会うのがいやになってしまった。私もそれから人を中傷をすることが怖くなってしまった。

人を罵ることにそれほど抵抗がない人間は大きく分けて2種類ではないかと思う。強者か、弱者だ。強者の場合、自分自身がそういうことに耐えられる、または耐えてきたので、人に対しても同じように対応しているというものだ。

もう一つの弱者の方、私はこちらであったが、これは単純に自分には力がないと思っているので、いくらでも批判ができるというものだ。つまり自分が持っている石はあまりに小さく軽いので、こんなものをいくら投げても相手は痛くも痒くもないと思っているし、更に言えば自分は多数のうちの一人であるから気づかれもしないと思っている。目の前に子供がいて、その子に辛辣に当たれる人は少ない。傷つけてしまうからだ。また会場で立ち上がり人を罵れる人も少ない。自分だと気づかれ、目立つからだ。

実際のところ弱者だと思っている人もあまり弱者ではなく、小さな軽い石だと思っているものも思ったよりも大きく重く、そして受ける側からすると大量の石がくる。世の中で罵りの言葉を投げている人のうち本当に意地悪な人もいるだろうが、一定数の人はただ自分の力を過小評価しているだけなのではないかと思う。責任を感じると人は途端に臆病になる。

本当のところは、全ての人が自分には人を十分に傷つけるだけの力があり、また案外と隠れているつもりでも自分は気づかれている、と知ることができればいいのだけれど、なかなかそれを本人が信じるのは難しい。日常的な感覚とも離れているし。ところで、時々中傷をしていて捕まってしまう人が誰しも、なぜ私なのか、なぜあんなことで、という困惑した表現をする。あの瞬間が象徴的に感じられてならない。

(この記事は2017年7月10日に為末大HPに掲載されたものです)

トップ、イメージ画像:出典 Pixabay

Pocket

この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."