気づかれない「競争」
為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)
【まとめ】
・競争の定義を「自然淘汰」とする。
・選ばれたということは競争に勝ったということ。
・ある程度集団として競争に勝っておいた方がいい。
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いくつかの意見をもらったのでもう少し細かく概念を説明してみたい。まず、現実はどうなっているのかということと、どのような認識で生きるべきかという二つは分けて考えるべきだろうと思う。
例えば五輪の金メダルは各競技4年に1つなので全ての人は金メダリストにはなれないが、頑張れば誰だって金メダルを取れると思って生きた方が夢もあって成長もあるので、そのような認識を持つことは勧められやすい。まず現実があり、それをどのように認識するか、がある。
もう1つ、私の競争の定義は自然淘汰だ。ここから先は私の認識と言えるかもしれないが、用意された枠よりも多くの人がそれを求める状態を競争と呼んでいる。10個しかない椅子を100人が求めればそこには競争がある。リチャード・ドーキンスの言うように、遺伝子の競争に勝ったからこそ、ホモ・サピエンスはこうして70億に繁栄した。
例えば、私たちは数億の中から、まず競争に勝ち抜いて卵子に着床し、私たちになっている。選ばれなかった精子もある。また、今日コンビニでペットボトルを買う時、いくつかの中から一つを選ぶ。値段で選ぶのかも、気分で選ぶのかも、ブランドで選ぶのかもしれない。が相手にしてみれば選ばれるための競争がそこに存在する。何かを選ぶということは、相手にとっては選ばれる競争があるということだ。
仕事とは社会への価値提供に他ならない。よほど抜きん出た才能を持った個人でない限り、自分の提供する価値と似たような価値を提供している人はどこかにいる。そのどちらかを選ぶのかは相手に委ねられている。私たちは働き先や、住居先を選ぶように、相手も誰を雇うか誰を住まわせるかを選んでいる。仕事ができているなら選ばれたということだ。選ばれたということは比較の結果、何らかの観点で競争に勝ったということだ。
▲イメージ写真 出典:Pixabay
人間は皆それぞれ違い、個性があるので競争なんてしなくてもいい。または競争で勝ち負けを決めようとすることで人は何かに縛られている。という考えは、競争とは何か同一の競技を皆で競い合い、一番二番を決めるものだという風に捉えすぎている。
現実はどんな競技で私たちは競っているのか、そもそも何を持って勝利とするかわからない中に生きている。ただ、選び選ばれるという事実が、選ばれる人とそうではない人を分けている。ダーウィンが言うように、賢いものがサバイブするとも強いものがサバイブするとも限らない。ただ、結果を見ると生き残った種とそうではない種がいる。
繰り返しになるが、どのような認識で生きるのかは個人に委ねられている。私は競争すべきとも、競争心を持つべきとも思っていない。ただ、現実として競争から逃げることはできない(自然淘汰と同意義で使っているので)と思っている。
もちろん、結果として競争しないという認識の方がうまくいくことも、競争から降りて自分を自由に生きると認識した方がうまくいくこともある。が、それはどのような認識を持ちたいかという観点でありそれは個々人が自由に行えばいいと思うが、全てのものに限界がある以上、競争は必ず存在している。
▲イメージ写真 出典:Pixabay
最後になるが幸福と競争の関係はよくわからない。幸福になりたいのであれば競争しないという認識が重要だというのは重々わかる。私は幸福になるには競争に勝つしかないという認識は持っていなくて、もしろ競争から解放されたという認識で生きられるならそれは最高だろうと思っているのだけれど、途上国の現状を見ると、やはり余裕がないと、障害者や高齢者や子供すらちゃんとサポートできないので、ある程度集団として競争に勝っておいた方がいいという”認識”を持っている。
(この記事は2017年7月19日に為末大HPに掲載されたものです)
トップ画像(イメージ):出典 Pixabay
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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役
1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。