繰り返される朝日の歴史乱用
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・「天声人語」、大逆事件の犠牲者が名誉市民になる動きを「「共謀罪」法、そして改憲への動きが背中を押したようだ。」と書いた。
・コラムは「改正組織犯罪処罰法や憲法改正への動きは大逆事件での国民弾圧と同じ」と主張しているのは明らか。
・こうした手法は、歴史悪用の政治プロパガンダといえよう。
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またまた歴史を政治利用しての朝日新聞の論敵の悪魔化である。1月22日の朝刊一面コラム「天声人語」(リンクはWeb版)にそのプロトタイプが載っていた。悪魔扱いをする対象はもちろん安倍晋三政権、いや日本国政府と評してもよい。
歴史上、悪と判定された実例を持ち出して、条件のまったく異なる現在に押しつけ、自分の気に入らない相手にその「悪の歴史」のレッテルを貼り付ける。実在しない悪を作り出す悪魔化の攻撃法ともいえよう。朝日新聞の大好きな手法なのである。
だが歴史の乱用による悪魔化も、こう頻繁で、こう粗雑だと、鼻につき、ツユほどの説得力も感じさせなくなる。朝日人士にはもうちょっと斬新な発想はないのだろうか。
今回の天声人語は以下のような書き出しだった。
≪すさまじい思想弾圧だった。明治後期、1910年の大逆事件では、全国の社会主義者ら数百人が摘発され、12人が死刑となった。天皇暗殺を企てたとされたが、大半はでっちあげだった。刑死した一人が名誉市民になると聞いて和歌山県新宮市を訪れた≫
これだけ読んだだけでも、このコラムの筆者の意図がもう歴然とする。明治時代の当局の大逆事件での弾圧を平成時代の安倍政権の行動に重ね合わせて、同じことをいまなそうとしていると、説くのだろう。
その歴史の乱用ではまず「すさまじい思想弾圧」「数百人が摘発」「12人が死刑」「天皇暗殺」「でっちあげ」などなど、おどろおどろしい言葉を並びたてる。まさに悪魔のような所業というわけだ。そのうえで話を現在に持ってきて、いまの日本政府への攻撃にすりかえるのだろう。そんな予感をもって、読み進むと、まさにそのとおりだった。手あかのついた、というのはこんな一文のためにあるのだろう。
コラムの主題は大逆事件、つまり幸徳秋水事件で天皇暗殺の意図の罪で処刑された12人のうちの1人、大石誠之助という人物についてだった。コラムから引用しよう。
写真)幸徳秋水
出典)パブリックドメイン
≪その人、大石誠之助は、米国で、学んだ医者だった。「ドクトル大石」の表札を掲げ「毒取るさん」と慕われた。貧しくても治療費が払えない人には、口に出さずとも窓をトントン3回たたけばいいと教えた。そんな言い伝えに人柄を思う。
日露戦争で、非戦論を訴え、人道的立場から公娼に反対した。そんな彼が、親交のあった幸徳秋水や地元の仲間とともに弾圧される。いわれなき共謀の罪だったが、周囲の眼差しは一変した≫
写真)大石誠之助
出典)パブリックドメイン photo by 雨宮栄一
ここまでなら自然な記述である。大逆事件がほとんどでっちあげであり、不当な思想弾圧だったことはいまでは定着した歴史認識だといえよう。万が一、そうではないにしても、その犠牲者の1人をいま出身地の名誉市民にして業績を讃え、霊を悼むことには誰も異議はない。ところがこの朝日新聞コラムはその歴史を自分たちの政治的主張にあからさまに利用するのだ。
コラムは次のように述べていた。
≪「ある日突然親族まで石もて追われるようになった。そういうことが今後も起きないとは限らない」。市議会で名誉市民の提案をした一人、上田勝之さんは言う。「共謀罪」法、そして改憲への動きが背中を押したようだ≫
日本のいまの政治だと、大逆事件のような弾圧、大石誠之助氏の痛ましい処刑が起きかねない、というのだ。そして同コラムは「共謀罪」法と改憲への動き、をあげる。こうしたいまの日本での動きがこの名誉市民提案への直接の動機となったのかどうか。コラムはそう明言するが、その提案をした上田勝之さんという人が本当にそこまで具体的に語ったのかどうかは不明である。
「共謀罪」法とはすでに日本国内での民主的な手続きにより国会で可決され、2017年7月に実際の法律となった「改正組織犯罪処罰法」のことである。朝日新聞など、この法律に反対するメディアは一貫して、その正式の法律名を無視し、勝手に「共謀罪」法と呼んできた。
だからこのコラムの主張は明らかである。改正組織犯罪処罰法や憲法改正への動きは大逆事件での国民弾圧と同じだ、というのだ。
この法律や憲法改正を阻まないと大逆事件と同じ事態が起きるぞと、同事件の犠牲者への顕彰を利用して喧伝しているのである。歴史悪用の政治プロパガンダと呼んでもよいだろう。なぜなら108年前の大日本帝国で起きた事件をいまの民主主義の日本での動きと同等に、類似に扱っているからだ。
明治と平成と、すべての政治状況が異なるという基本を無視して、安倍政権、自民党政権のいまの日本に大逆事件のような非道な弾圧が起きうるという大前提がこの天声人語コラムの旗印なのである。
同コラムの結びは以下だった。
≪彼(大石誠之助)の遺志を継ごうとする人たちが、紀伊半島にいる。投げかけられた思いを受け止めたい≫
このまま読むと、改正組織犯罪処罰法や憲法改正に反対することが大石氏の遺志だという意味となる。だがこれは朝日新聞の意思、天声人語筆者の意思なのである。その政治的な意思の拡散に大逆事件の犠牲者までをも利用するのである。
写真)大逆事件(幸徳秋水事件)を報じる当時の新聞(明治44年、1911年)
出典)ジャパンアーカイブス
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。