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.国際  投稿日:2025/1/3

石破茂氏は有事の宰相たり得るか (下)台湾有事という難題


内外透視926回 古森義久

 

【まとめ】

・石破茂氏はアジア版NATO構想に中国を含む可能性を示唆したが、米側には中国を脅威とする構想を伝えた。

・トランプ氏は石破氏に冷淡な対応で、米側との信頼確認は成功しなかった。

・石破首相は台湾有事への前向きな具体的対応を米側から求められるだろう。

 石破茂氏は実は自民党総裁選でも簡単ながらアジア版NATO構想に言及していた。「日米同盟や米韓同盟、米比同盟などの枠組みを有機的に結合することでアジア版のNATO作るべきだ」と主張した。ただしその際にはこの集団防衛態勢に中国を含むこともありうるとして、「中国を入れるか入れないかは決められない」と述べた。

 ここにも石破氏の言葉の虚構がある。なぜなら石破氏がアメリカに伝えた同じ構想は、アジア版NATOは中国をその脅威の対象とする、と明記していたからだ。

 中国をも含む集団防衛態勢となれば、日本の安全保障政策の根幹が崩れる。中国は日本に対する明確な軍事脅威なのに、その相手と手を結び、同じ立場の同盟関係を築くことになるからだ。こんなシナリオは中国がかつて主張していた「東アジア共同体」構想に等しい。この構想に共鳴を示した鳩山由紀夫首相は米側から「ルーピー(頭がおかしい)」と評された。石破氏は日本国内での議論ではそんな構想もありうると述べていたのだ。

 石破氏は同じ日本国内での議論では在日米軍に関する地位協定の改定をも唱えていた。簡単にいえば、いまの地位協定はアメリカ側の立場が強すぎるから在日米軍将兵の犯罪などに対する日本側の取り締まり権限を強くすることを求める、という趣旨だった。

 この考えを石破氏は年来、表明してきた。

 石破氏は首相就任時の記者会見でも質問に答えて日米地位協定の改定にはなおその意向があることを示した。同氏自身が防衛庁長官だった二十年も前の米軍人による犯罪を提起して、日本側の警察権がもっと強くあってしかるべきだ、と示唆したのだ。

 だがこの提起は日米同盟全体の片務性からみれば些細な点である。アメリカ側としては有事の日本の集団防衛的な責務拡大を切望しているのだ。とくにこの面での日本への期待が強いトランプ次期政権にとっては、日本側が在日駐留米軍への警察権の行使の拡大を求めてくることは本末転倒のように映ることは確実だといえる。

 そのためか否か、石破首相自身、バイデン大統領との簡単な電話会談でも、この件は一切、触れなかった。同時に、より大きな持案であったはずのアジア版NATO案もまったく提起しなかった。この対応は石破首相のトランプ次期大統領とのわずか五分という最短の電話会談でも同様だった。米側の否定的な反応があまりに明白だったからだろう。

 石破氏はアメリカ一般ではほとんど知られていない。対日関係やアジア関連の官民の専門家たちの間でも、石破氏の名が語られることは、きわめて少なかった。

 私自身の長年のワシントンでの報道活動でも「イシバ」という名が米側から提起されるのを認知した記憶はまずなかった。その理由はひとつには石破氏自身がアメリカとの交流をほとんどしてこなかったことだろう。そのこと自体は日本側の個々の政治家の判断として批判されることもない。

 だが石破茂氏が日本の総理大臣となれば、話は別である。日本政府そして日本国の代表として同盟国アメリカとの円滑な関係は必須となるからだ。だからこそ石破首相自身、トランプ次期大統領に対しては単なる電話会談だけでなく対面の一対一の会合を熱心に求めたのだろう。

 しかしトランプ陣営からの回答はノーだった。この時期にトランプ氏は外国首脳とは会わないという対応を一部の国内法を理由にして石破氏に対して示したのだ。トランプ氏が前回の大統領就任前に当時の安倍晋三首相と懇談し、会話に熱をこめた状況とは対照的だった。

 トランプ陣営は当然ながら石破氏のアジア版NATO案や在日米軍地位協定の改定案については知っているだろう。石破氏が安倍氏に対して政策や人事でいろいろと反対してきた経緯も知っているはずだ。今回のトランプ氏の冷淡な態度もそうした背景と関連があるとみるのが妥当だろう。

 しかし石破氏にとって幸運だったのはアジア版NATO案がアメリカ側では一部の専門家たちの入り口であっけなく排され、一般には知らされなかったことだろう。日本の新首相がこんな非現実的な安保構想を唱えているという事実がアメリカの議会全般や国民一般に知れ渡れば、日米同盟の基盤をも揺るがせる結果になったかもしれないのだ。

 だがなお石破首相は冒頭でのアメリカ側との信頼確認の作業では成功しなかったとはいえ米側全体でも、トランプ陣営でも、なお日本との同盟の絆の重視は変わらない。だから石破首相への懐疑があっても単に現在の首相とみなし、日本全体との強固な連携を保持する姿勢は変わらない。トランプ次期政権も同様な態度をとるだろう。だがそこにはトランプ氏がかつて安倍氏に示した親近や信頼がないことは明確である。

 石破首相にとって対米関係での切迫した課題は台湾有事への対応である。中国が台湾に武力攻撃をかけ、米軍が出動するような場合に、日本はどうするのか、という課題である。

 安倍氏に始まる日本の近年の歴代首相、つまり菅義偉、岸田文雄両氏はアメリカに対して台湾有事は日本有事だとして、日本が具体的な軍事行動をとることを示唆してきた。米側もその対応を歓迎し、高い評価を示してきた。

 だがこのへんには米側の美しき誤解があるようにもみえる。なぜならば日本側の現実をみると、政策面、軍事面、いずれも台湾有事への前向きな具体的対応を進める形跡がないからだ。石破政権はこの点での明確な対応を米側から求められるという確率も高いようだ。言葉だけではだめという事態が台湾問題をめぐり対米関係の課題になるという展望である。

(終わり。上はこちら)                                      

#この記事は日本戦略研究フォーラム(JFSS)季報2025年1月号に載った古森義久氏の寄稿論文の転載です。




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