継続すべきか日本のロケット打ち上げ
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・国産大型ロケット「H2A」38号機の打ち上げ成功。
・国産ロケットは米露欧中にコストで既に負けており今後改善の見込み無し。
・日本の宇宙開発には費用対効果の検討がないため、国家にとって無駄遣いでしかない。
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本日、2月27日午後1時34分00秒、H-2Aロケットが種子島から発射された。打ち上げは順調に進み情報収集衛星である光学6号の軌道投入に成功した。これによりH-2Aの通算打上数は38基となり、その成功率も97%に上昇した。
▲写真)H-2Aロケット 出典)JAXA
その成功は好意的に報道されている。日本の技術は高い。あるいは宇宙開発に参画している。そのような国民の自己満足を反映した結果だ。一般的にはロケット開発はよいことと受け取られている。
だが日本のロケット打ち上げには将来がない。現用のH-2A/Bと開発中のH-3は高コストであり価格競争力はない。コストを下げるための再利用への取り組みもない。そして衛星打ち上げ市場は急速にコモディティ化が進んでいる。まずは生き残る見込みもない。
そのような商業ロケットから手を引くべきである。日本は商業ロケットでは既に負けている。そして今後も改善する見込みはない。利潤が得られずコストだけが嵩むような商業ロケットは商業ベースで成り立たない。損切としてH-2A/BもH-3もさっさとやめることだ。
■コストで負ける日本のロケット
日本のロケットには先がない。
その根本的な理由は高コストにある。H-2A/Bの打ち上げコストは衛星1kgあたりの費用は7000~9000ドルである。これは3000ドルを切る米露ロケットの3倍程度だ。(*1)
それでいて能力が低い。米露欧が主力とするロケットは23トン程度を打ち上げられる。H-2A/Bはの低軌道打ち上げ能力は10-17トンでしかない。また中国も最新の長征5号はやはり23トンである。
▲図)商業ロケット比較 出典)“SURPLUS MISSILE MOTORS” (米会計検査院,2017.8)p.50
つまり価格競争力はない。
このため、まともな商業打上げの実績はない。
日本の民間会社ですらH-2A/Bを選ばなかった。スカパーJSAT社の衛星JCSATやSUPERBIRDといった放送・通信衛星は全て海外で打上げている。
最近、喧伝される海外受注もまともな実績としてよいかは疑問だ。受注に関して宇宙開発セクターは世界に認められたかのように宣伝している。だが、その価格は明らかにできていない。コストに利潤を乗せた商業ベースの適正価格ではない可能性もある。これは12年の打ち上げでもいわれていたことだ。(*2)
もちろんダンピングとは言わない。だが「日本の官需衛星を高めにし、海外受注を国際価格かそれ以下で受注しているのではないか」といった想像は払拭できない。
■再利用への技術開発がない
その上、価格競争力を改善できる見込みもない。海外コスト格差はむしろ悪化する。H-2A/B/H-3ロケットは将来的なコスト低減策がない。
各国はロケットの再利用を進めようとしている。
米スペースX社が再利用を実現した結果だ。同社はファルコン9ロケットの垂直着陸を実現し、エンジン等の整備再利用を実現した。もともと衛星1kgあたり2700ドルと最安値だったが再利用によりさらに3割安くした。(*3)
▲写真)ファルコン9 出典)Tony Gray and Robert Murray
対抗するにはどうするか?
自社も再利用を進めるしかない。
米ULA社はそうすると明言している。ボーイング・ロッキード合弁のULA社はすでに米官需の独占をスペースXに崩された。それに対抗するためとしてパラシュートとヘリコプターによる回収を進めようとしている。(*4)
欧州宇宙機構も同じだ。盟主フランスは新型機アリアン6開発と並行して再利用技術の開発を進めようとしている。そうしなければ市場を奪われるからだ。同様の理由で英独もそれに賛同している。国内にロケット産業があるためだ。(*5)
だが、日本にはそれはない。
新ロケットH-3にはコストカットしかない。事業の主体を三菱に移し今の100億円を50億円にするとしか言っていない。それにより現価格の100億円を半分の50億円にするとしている。これは再利用等の価格構造に切り込む改善ではない。そもそも成功したところで「今までどれだけ無駄遣いをしてきたのか」である。
しかも、それでもファルコン9の使い捨て運用にも及ばない。50億円になっても単価はファルコン9の使い捨て運用よりも1.5倍高い。再利用と比較すれば倍である。つまりは勝てないのだ。
■コモディディ化の進捗
その上、コモディディ化の進行もある。これも国産ロケットの将来を失わせる原因となる。
コモディディ化とは商品選択が価格だけで決まる状態である。そこではブランドによる差別化はない。卑近な製品で例を示せばビニール傘やコピー用紙である。その購入では企業名は考慮されない。値段が安いかどうかだけだ。
既に商業衛星はそうなっている。「価格はいくら?」だけだ。ロケットが米国製であるか、あるいは欧州製、ロシア製、中国製、インド製であるか、ロケットの形式は何かは問題とはされない。
要は宅急便の選択と同じである。総量だけが問題となる。どの会社が優れるか、どのトラックを使うのかは意識されない。
今後は官需衛星もそうなる。民間の動向から「どのロケットでも同じ」といった意識が進むため国産ロケット選択は許されなくなる。実際に米官需のULA独占は崩された。スペースXは米空軍向けに食い込んでいる。米上院もULAの高コストを問題視している。デルタ4はファルコン・ヘビーと比較してコスト4倍なのだ。また欧州宇宙機構もEUや欧州NATORIの軍用衛星需要の流出を警戒している。(*6)
この状況はH-2A/B/H-3には厳しい。
囲い込んでいた日本官需衛星も危ういからだ。そもそも予算の効率しようからすれば国産ロケットは正当化されない。宇宙開発に義理もない防衛省と国交省もシーリング下での高価格ロケット選択は嫌がる。その点で内心は海外打ち上げを求めている。
■宇宙開発に費用対効果の検討がない
以上が国産ロケットの状況である。コストで既に負けている。そしてその挽回の見込みもない。
このような将来性のない事業がなぜ実現したのか?
日本宇宙開発には費用対効果の検討がないからだ。あってもお手盛りである。宇宙開発セクターが自分たちで「将来性がある」と形だけ整えた結果だ。「H-2A/B/H-3には国際競争力が見込める」と野郎自大である。
ちなみにこれはロケットに限定されない。
国際宇宙ステーションISSも同じだ。参加は札束を焼き捨てているようなものだ。日本は新ロケットH-2Bと宇宙補給機「こうのとり」で物資輸送を行っているが無償であり何のリターンもない。ちなみに無償輸送で日本が費やすコストは年間350億円である。おひとよし、としかいいようもない。
▲写真)ISSに接近する「こうのとり」6号機 出典)JAXA/NASA
だが、事業化では費用対効果は問題なく将来有望とされていた。特に無重力状態を活かした新素材開発や新薬開発のメリットがあると主張されていた。(*7)
しかし、その成果は聞かない。ISSの環境を利用した新素材や新薬研究が進んだといった話はない。
強いてメリットを探すと日本人宇宙飛行士を滞在させられるだけでしかない。そしてISSに寝泊まりするのに350億円は無駄である。もちろん、宇宙開発セクターの組織利益にはかなったものかもしれない。だが、国家にとっては無駄遣いでしかない。
(*1)”SURPLUS MISSILE MOTORS” (米会計検査院,2017.8)p.50
(*2)「『アリラン3号』は韓国が打ち上げた? 」『JCASTニュース』(2012.5.21)
(*3)Masanaga,Samantha”SpaceX is facing crowded launch market”“Los Angels Times”(2017.2.12)
(*4)Cameron,Doug”Boeing-Lockeed Venture Plans New Rocket With Reusable Engine”“Wall Street Journal”(2015.4.13)
(*5)”Satelite May Switch Monopolies””OADBS”(2015.6.17)
(*6)Cameron,Doug(2015.4.13)
(*7)宇宙航空研究開発機構広報部『国際宇宙ステーション』JAXA http://iss.jaxa.jp/user/pdf/station01.pdf
トップ写真:2017年12月23日午前10時26分に種子島宇宙センターから打ち上げられたH-IIAロケット37号機 出典)JAXA 地球観測衛星特設サイト
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。