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.国際  投稿日:2018/5/19

北朝鮮情勢変動の中でどうみる拉致問題


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

日本の最大関心事は「拉致問題」の解決。

・トランプ政権は拉致家族の苦境を聞き全力支援を誓った。

・米朝会談で日本人拉致を議題とし一挙解決求めること確実。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40085でお読み下さい。】

 

朝鮮半島情勢の変革に日本はどう対処すべきか、もう一度、考えてみたい。日本の対処に関連して日本国民の多くがまず思いをはせるのは日本人拉致事件の解決の展望だろう。

朝鮮半島の情勢を根本から変えそうな言葉やジェスチュアが交わされる。現実がどこまで変わるかはまだ不明だとしても、朝鮮情勢が歴史の曲がり角を迎えつつある観は否めない。そんななかで日本はどう身を処すべきか。

安全保障面でのその答えはまずは日米同盟の堅持だろう。朝鮮情勢の変動に関連して日本の最大課題となる日本人拉致事件の解決にも日米同盟のきずなが大きな前向き要因となっていることは今回、改めて明記すべきだろう。この点では日本全体の安全保障と日本国民の生命という人道上の至上命題とは重なってくるのである。

トランプ政権が北朝鮮の核とミサイルの脅威を受けるなかで一貫して北朝鮮による日本国民拉致への糾弾と解決への尽力を示していることは日本への意義が深い。安全保障の共有という日米同盟の結束だけでなく、人権という普遍的価値観での連帯を明示するからだ。

トランプ政権は5月4日までの5日間もワシントンに日本の拉致事件の「家族会」や「救う会」の代表を迎えいれ、事件解決への協力の要望に耳を傾けた。ホワイトハウス、国務省、国防総省などの高官たちは横田拓也氏ら拉致家族の苦境を聞き、全力で日本を支援することを誓ったのだった。

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▲写真 米国務省 チャン国務次官補代理代行と面会する横田拓也氏(中央)、救う会会長西岡力氏、衆議院議員山谷えりこ氏 出典:山谷えりこFacebook

トランプ大統領自身も2016年9月の国連演説で「日本の13歳の優しい少女」という表現で拉致被害者の横田めぐみさんに触れ、そんな女性を拉致したまま40年も返さない北朝鮮の非人道的行為を激しく非難した。米朝首脳会談でも金正恩委員長に日本人拉致を直接に提起して、即時全員帰国を迫ることを約束した。

トランプ政権のこの積極姿勢はアメリカ歴代政権のなかでも傑出している。トランプ大統領は訪日の際には拉致家族たちと面談し、その悲劇に熱心に聞き入り、事件解決への協力を明言した。

日本の識者の間ではアメリカ側の反トランプの民主党系メディアの受け売りでトランプ政権をただののしるという傾向も強い。だがトランプ大統領の日本人拉致事件の解決への協力に象徴される日本重視の基本姿勢は素直に認めるべきだろう。その日本重視策こそが日本にとって今後の朝鮮情勢の激変でも最有力な支えとなるのである。

拉致問題でのアメリカの役割はこれまでも大きかった。「家族会」と「救う会」の代表が初めて訪米したのは2代目ブッシュ政権が登場してすぐの2001年2月だった。日本では官民ともに拉致事件の完全認知をなお渋る時代だった。

私は当時、ワシントン駐在記者としてアメリカ側との接触がそれまで皆無に近かった訪米団に米側官民の誰と会うべきかなどを舞台裏で助言した。その訪米団の総括の会合に招かれ、一行が拉致の悲劇へのブッシュ政権下でのアメリカ側の理解や同情が日本よりも深いほどなのに勇気づけられた様子を目撃した。

厳寒のワシントンの夜の会合で日本からのワシントン訪問を終え、アメリカ側の関係者との会談で同情や理解を得た日本人拉致被害者の家族たちが、一条の光を得たように安堵する模様を目の前にみて、私自身もこの拉致事件の解決に初めて現実的な希望を感じたことをいまでもよく覚えている。

それから1年後、ブッシュ大統領が北朝鮮を「悪の枢軸」と糾弾した。追い詰められた金正日総書記は2002年9月、長年、否定してきた日本人拉致を認め、5人を帰国させた。

ブッシュ大統領は2006年4月には横田拓也氏と母の早紀江さんをホワイトハウスに招き、懇談した。その後、同大統領は早紀江さんとの会話を「あれほど心を動かされた会合はない」と何度も語り続けた。

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▲写真 北朝鮮による日本人拉致問題について横田早紀江らと会談する当時のアメリカ合衆国大統領ジョージ・W・ブッシュ 左に座っている少女は瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件の家族の一人 出典:White House photo by Paul Morse

日本人拉致事件の解決はもちろん日本自身が果たすべき責務である。主権国家が自国民の生命を保護できないままで、どうするというのだ。だが超大国そして同盟国のアメリカが果たしてきた支援も大きかった。いまやその支援がトランプ大統領によって格段に高められたのだ。

トランプ大統領が金正恩委員長との会談で日本人拉致を議題とし、その一挙解決を求めることは確実だろう。だが金委員長が従来の否定を繰り返した場合の日本側としての対応も考えておくことは不可欠である。

しかしこの拉致問題に示したアメリカの態度は韓国や中国の冷淡さとくらべると日本にとっての含蓄は深遠である。この点での日本の実体験は朝鮮問題全般への対応に関しても、人権や人道という領域を越えて、国家安全保障という面でも貴重な教訓だといえよう。簡単に言うならば、いまの日本にとって、とくに朝鮮半島情勢の激しい変化を目前にして、日本人拉致事件でも、日本自身の国家安全保障でも、まず頼りになるのはアメリカなのである。

トップ画像/安倍首相とトランプ大統領 出典:首相官邸

 

【訂正】2018年5月19日

本記事(初掲載日2018年5月19日)の本文中、写真1枚目のキャプション「横田哲也氏」とあったのは「横田拓也氏」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。本文では既に訂正してあります。

誤:米国務省 チャン国務次官補代理代行と面会する横田哲也氏(中央)、救う会会長西岡力氏、衆議院議員山谷えりこ氏 出典:山谷えりこFacebook

正:米国務省 チャン国務次官補代理代行と面会する横田拓也氏(中央)、救う会会長西岡力氏、衆議院議員山谷えりこ氏 出典:山谷えりこFacebook


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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