非核化は玉虫色の合意に終わる 米朝首脳会談
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018#24
2018年6月11-17日
【まとめ】
・12日の米朝首脳会談はまだ第1ラウンドにすぎない。
・結果は、金委員長の粘り勝ちになる可能性が高い。
・非核化は、戦争状態終結などに関する象徴的な合意だけに終わるだろう。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40403でお読みください。】
今週の焦点は何といってもシンガポールで行われる米朝首脳会談の行方だろう。これほど紆余曲折のあった首脳会談も珍しいと思うが、とにかく開催は明日に迫っている。一時はこの原稿を首脳会談終了後に書くことも考えたが、それでは本コラムの趣旨に反する。考え直して、やはり通常通り、月曜日中に書き上げることにした。
明日起きることを大胆にも予測するとは筆者も良い度胸だが・・・。仕方がない、やってみよう。結論から言えば、6月12日の米朝首脳会談は第一ラウンドで、結果は10対6で金正恩委員長の粘り勝ちとなる可能性が高い。北朝鮮の非核化については玉虫色のまま、戦争状態終結などに関する象徴的な合意だけに終わるかもしれない。
写真)シンガポールリー・シェンロン首相とトランプ米大統領 2018年6月11日
出典)facebook : White House
かなり保守的な見方だが、首脳会談が始まる前までに流れた情報が正しいとすれば、ある程度の予測は可能だ。今後の米朝交渉が最終的に成功するか否かは「お手並み拝見」である。衝動的に考え行動するトランプ氏だから何が起きてもおかしくないとの意見もあるが、トランプ氏はそれほど知的レベルが低いとは思わない。
彼の悪癖は知的レベルとは全く別の次元の問題である。例えば、ご本人は交渉の達人を自負しているようだが、トランプ氏は「交渉」というより「興行」、すなわち「見世物」の達人ではないのか。これまで上手く行っているように見えるのは、ビギナーズ・ラック(初心者の幸運)に過ぎないのではないか。
外交交渉の観点から見ると、トランプ氏のやり方には疑問が少なくない。例えば、トランプ氏はこんな交渉上の初歩的ミスを犯しているように見える。
①最後の切り札を最初に切る(相手が望むものを与える前に譲歩させるのが常道だ)
②直感に頼り、衝動的に決断する(普通首脳会談前には数カ月の準備期間を置く)
③交渉内容を喋り過ぎる(外交には適度の沈黙と秘密が必要だ)
④経済利益が戦略利益を代替すると考える(豊かさのための核兵器 放棄はない)
⑤自分は特別な能力を持つと過信する(独り善がりは禁物だ)
⑥最初から通訳が同席するだけの一対一会談を行う(誰が記録を取るのか)
このようなスタイルで交渉する外国政府の高官がこれまで全くいなかったとは言わない。また、筆者が関与した交渉が全て成功した訳でもないので、断定的なことは言いたくない。しかし、筆者の経験から言えることは、少なくとも外交交渉の世界で、この種の交渉スタイルによって成功した交渉者は殆どいないということだ。
更に、トランプ政権の外交安保チームは本当に機能しているのだろうか。ポンペイオ国務長官、ボルトン国家安全保障担当補佐官、マティス国防長官の間には温度差があると報じられるが、果たして本当にそうか。首脳会談に最も前向きだったのは、実はトランプ氏自身ではないのか。筆者の分析が間違っていることを祈るばかりだ。
写真)ポンペイオ米国務長官と北朝鮮金正恩委員長 2018年3月31日
出典)Twitter : White House
〇中東・アフリカ
14日前後にラマダン月が終わる。これから中東はお祭りである。実質的な動きはないだろう。トルコの総選挙は24日だが、既に在外トルコ人有権者の投票は始まっているようだ。
〇欧州・ロシア
12-13日に英国議会下院がEU離脱法案を審議・採決する。14日にはサッカーのワールドカップ・ロシア大会が始まる。そこでロシア大統領とサウジ皇太子の会談が行われるらしい。サッカーの政治利用とは思わないが、プーチンもなかなかやるわい。
〇東アジア・大洋州
米朝首脳会談以外の目ぼしい動きとしては、恒例の日米印三カ国海軍による合同演習が今週開催される。11日には中国人理科系留学生に対するヴィザ(STEM、科学・技術・エンジニアリング・数学)の要件が変更される。韓国では米朝首脳会談の翌日13日に絶妙のタイミングで地方選挙がある。
〇南北アメリカ
12日には米連邦議会議員選挙の予備選挙がメーン、ネバダ、ノースダコタ、サウスカロライナ、バージニア各州で行われる。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
TOP画像)トランプ米大統領と北朝鮮金正恩書記長
出典)White House, Republic of Korea
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。