インドネシア 大学内で爆弾製造 高まるテロの恐怖
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・インドネシアリアウ大学卒業生3人、反テロ法違反容疑で逮捕。
・5月国会通過の「反テロ法改正案」に対する反発が原因か。イスラムテロ組織JADとの関連も。
・インドネシアのテロは新たな段階へ。治安当局対応を迫られる。
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インドネシアの国家警察対テロ特殊部隊「デンスス88」はイスラム教の断食期間中の6月初め、スマトラ島リアウ州プカンバルにある国立リアウ大学のキャンパスで爆弾を製造していた同大卒業3人を反テロ法違反容疑で逮捕。キャンパスから爆弾4個などを押収した。
卒業生はリアウ州議会と首都ジャカルタの国会に対する爆弾テロを計画、間もなく実行に移す直前だったという。国立大学内で爆弾が製造され、卒業生がテロを準備していたことに政府は大きな衝撃を受け、全国の高等教育機関、特に大学で「テロ思想の排除と不審な学生、卒業生の割り出しと警戒監視」の動きが広がっている。
▲写真 国立リアウ大学 出典:RiauUniversity
▲写真 デンスス88 出典:Indonesia’sEliteForces
インドネシアでは5月13日に東ジャワ州のスラバヤでキリスト教会3か所、同月14日、16日にはスラバヤ市警本部やリアウ州警察本部などを狙った爆弾テロ、襲撃事件が連続して発生、多数の死傷者を出した。これを受けて国会は長年の懸案だった「反テロ法改正案」を5月25日に可決し、対テロ対策での警察権限の強化とテロとの戦いに国軍の参加を容認することになった。
今回のリアウ大学卒業生のテロはこうした反テロ法強化に反発して、立法機関である州議会と国会をその標的に選んだものと見られている。スラバヤのキリスト教会の爆弾テロでは子供を巻き込んだ家族による自爆テロという、インドネシアでは新たなテロの手法が注目され、テロの質的な変容が指摘された。
そして今回は宗教施設や治安組織、人が集まるソフトターゲットに加えて州議会や国会といった立法府がテロの対象となった。加えて大学という教育機関の現場でテロが計画され、爆弾が製造されたようにインドネシアのテロはさらに新たな段階に入ったといえ、政府、治安当局は多方面にわたり多様な対テロ対策の実施が急務となっている。
■ 容疑者の卒業生はテロ組織のメンバー
6月2日、デンスス88は情報に基づき踏み込んだリアウ大学政治社会学部の学生会館で完成して起爆可能な即製爆弾(IED)4個と高性能爆薬、化学薬品、エアーライフル、手榴弾、弓2つ、矢8本などを押収した。同時に同大卒業生3人を逮捕した。
3人のうち、ムハマド・ヌル・ザムザム容疑者は中東のテロ組織「イスラム国(IS)」と関係があるとされるインドネシアのイスラムテロ組織「ジェマ・アンシャルット・ダウラ(JAD)」のメンバーとされている。
▲写真 デンスス88 出典:Indonesia’sEliteForces
3人は2002年~2005年にかけてそれぞれ同大の別々の学科を卒業、今年5月ごろから学生会館で寝泊まりをしながら爆弾製造、テロ計画の立案をしていたとみられている。インドネシアの大学では学生会館に卒業生が自由に出入りし、寝泊まりすることは通常で、周囲の学生、大学当局も不審感を抱いていなかった。
ザムザム容疑者は5月13日に西ジャワのチアンジュールで武器を搭載した車両で移動中にデンスス88との銃撃戦で殺害されたJADメンバーと関係があったという。
このことからJADが関与したテロのネットワークが大学にも拡大している可能性が高いとみられ政府、教育省などは全国の大学に学生、卒業生のテロ活動に警戒するよう指示を出した。
リアウ大学や北スマトラ州北スマトラ大学などでは大学構内での全ての学生、教授・講師陣の活動を午後10時までとし、学生会館への宿泊も認めない方針を打ち出した。こうした対応の一方で「キャンパス内でイスラム過激思想やテロ思想の拡散、テロ組織のメンバー勧誘や獲得、爆弾などの武器の持ち込みや所持を一切禁止する」方針を改めて示し、大学がテロの温床にならないように全力を挙げるとしている。
■ 政治の季節に向け、緊張高まる
インドネシアでは6月27日に統一地方首長選挙、8月10日に2019年の大統領選挙の正副候補の登録、2019年には大統領選挙と国会議員選挙と重要な政治日程を控えている。
現職のジョコ・ウィドド大統領が再選を目指して出馬する可能性が濃厚となる中、ジョコ・ウィドド大統領に反発するイスラム急進派を中心とした野党勢力が反政府活動を活発化している。
▲写真 ジョコ・ウィドド大統領 出典:Photo by Government of Indonesia
そうした反政府の動きと軌を一にするかのように、各地で爆弾テロや襲撃事件が続発し、治安部隊によるテロ組織メンバー、シンパの摘発が繰り返されている。
摘発に抵抗した場合には射殺も辞さないとの政府方針から銃撃戦に発展して、容疑者全員が現場で射殺される事案も発生するなど社会情勢は次第に緊張してきており、一般市民に加えて今後は大学構内の大学生に対する治安当局による取り締まり、大学キャンパス内での活動に対する警戒警備も厳しくなりつつある。
トップ画像/国立リアウ大学のキャンパス 出典:RiauUniversity
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。