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.国際  投稿日:2019/8/12

現代の恐竜島、閉鎖で大騒動


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・コモドドラゴン保護のためインドネシアで生息地の立入禁止。

・生息地閉鎖に観光業者や地元住民は強く反発。

・閉鎖の背景には密猟防止や餌不足も。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=47351でお読みください。】

 

インドネシアの東部、東ヌサテンガラ州にあるコモド国立公園コモドドラゴンの生息地として世界中から観光客が押し寄せている。

▲写真 コモド国立公園 パダール島 出典:Pixabay; Cherene Saradar

こうした中、個体数が減少して絶滅の危機に直面しているコモドドラゴンの保護を目的に地元政府が生息地の一部島への観光客の立ち入り禁止を打ち出した。ところが、島の住民や観光業者から反対の声が上がり、行政が住民に集団移転や転業を促すなどの騒動に発展、コモドドラゴンを巡る論争が過熱している。

コモドドラゴンは体長2~3メートル、体重50~100キログラムの大型爬虫類有鱗目に分類される動物でその外観や生態から「生きた現代の恐竜」と称されている。しかし野生のコモドドラゴンはコモド国立公園内のコモド島、リンチャ島、パダール島などの限られた島にしか生息していない。

このため1991年に国連のUNESCO(国際連合教育科学文化機関)の世界遺産・自然遺産に指定され、国際自然保護連合(IUCN)からは野生種が絶滅の危機にあるとする「危急種」にコモドドラゴンは指定されている。

その生息数は1981年には7213頭だったが、2014年には3093頭に減少。さらに2019年2月のインドネシア環境林業省の調査では2762頭まで減少が確認され、コモドドラゴンの保護の必要性が急務となっていた。

 

■ 2020年からのコモド島閉鎖方針に住民反発

こうした中、インドネシア政府や地元東ヌサテンガラ州政府などは、コモドドラゴンの保護を目的として1800頭と最も生息数が多い、コモド島への観光客の立ち入りを2020年1月から全面的に禁止し、観光地としては島を閉鎖する方針を20193月に打ちだした

▲写真 コモドドラゴンと観光客 出典:Wikimedia Commons; Khoirul Amri

ところが観光資源に頼るコモド島の住民や現地観光業者から一斉に反対の声が上がり、州政府が対策に乗り出す事態に発展している。

こうした状況を受けて州政府はコモド島のコモドドラゴン生息環境保護のために島内の生息地域の定住する住民の

 

強制立ち退き

厳しい環境保護の条件下で居住の継続を認可する

収入源確保のため立ち退き移転先を州政府が確保して順次移転

 

――の3案を提示して住民との交渉を進めている。

州政府のヨセフ・A・ナエソイ副知事は7月29日に地元テンポ誌に対し「コモド島の観光客に対する閉鎖を2020年から実施することはすでに最終決定している。問題は島の観光地区つまりコモドドラゴンの生息地区に居住している住民をどうするかである」と述べ、住民と今後も協議を続ける方針を示した。

生息地区に住む住民の大半は観光客を相手にした観光業で収入を得ており、観光客の立ち入り禁止となれば、生活苦に直面することは不可避となるため、移転を含めた対策が必要となっている。

州政府では同州内には住民を受け入れる移転先の候補が数多くあり、集団移転にも対応できる、として住民の早期移転を最優先で行いたい意向という。

 

■ 密猟・密輸、エサ不足も閉鎖の背景に

コモド島への観光客立ち入り禁止を打ち出した背景には種の保存とともに「密猟の防止」もある。

2019年3月にインドネシア警察は首都ジャカルタ、地方都市スラバヤ、世界的観光地バリ島で子供のコモドドラゴンを含む41頭を密売しようとしていた密輸グループを摘発、41頭を保護した。その後の捜査でこのグループはタイやベトナムの密輸業者と組んでコモドドラゴン1頭を5億ルピア(約390万円)で密輸する計画だったことがわかった。

こうした密猟による個体数の減少に加えて、コモドドラゴンのエサとなる鹿や猪、鳥類、爬虫類などの入手が困難になっていることも一因と指摘されている。

野生の鹿、猪、鳥類などが減少したことで、近年は国立公園管理者などがそうしたエサを他の場所で確保して提供しているが、それでも「エサ不足」は深刻で不用意にコモドドラゴンに近づいた観光客が襲われる事故も起きている。

1974年以来これまでに観光客など30人がコモドドラゴンに噛まれる事故があり、5人が死亡しているという。このため現地を訪れる観光客は現地のレンジャーとともに行動し、その指示に従うことが強く求められている。

 

■ 大統領は何らかの制限の必要性を支持

コモド国立公園を訪れる外国人観光客は主にバリ島から空路でフローレス島のラブアンバジョーに向かい、そこから船やスピードボートなどで数時間かけて到着する。コモド島、には宿泊施設がなく、観光客だけの単独行動は禁止されているほか、外国人観光客は15万ルピア(約1200円)の入園料が徴収される。

インドネシアの自然の豊かさを象徴する世界遺産の一つであるコモド国立公園だけに、ジョコ・ウィドド大統領も現地を視察した際に「コモドドラゴンの保護の観点から観光客に対する何らかの制限は必要」との立場を示している。

州政府などが計画している観光客の立ち入り禁止は今のところコモド島だけを対象としており、パダール島を挟んで東に隣接し、同じくコモドドラゴンが多く生息するリンチャ島への観光客の立ち入りは制限しないという。このため「コモドドラゴン観光」そのものが全面的に不可能になるわけではないことから「外国人観光客の理解も得られるのではないか」(州政府)として、残る地元住民との交渉が今後の焦点となるとしている。                                                          

トップ写真:コモドドラゴン(インドネシア) 出典:Pixabay; Deepu Joseph


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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