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.国際  投稿日:2018/9/8

マハティール氏 中国案件にNO!


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・マレーシアのマハティール首相が新都市建設構想に関し外国人の居住や不動産取得禁止の方針。

・首相自ら北京を訪問、習近平国家主席に理解を求めた

・この方針表明は各方面で大きな波紋を呼んでいる。

 

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マレーシアのマハティール首相が同国南部ジョホール州のシンガポールとの国境に近い地区で進む新都市建設構想に関連して、建設地への外国人の居住や居住地の不動産を外国人が取得することを禁止する方針を示し、大きな波紋を広げている。

マハティール首相は5月の就任以来、ナジブ前政権が推進した各種巨大プロジェクトの見直しを進めており、特に中国関連企業が関与するプロジェクトはすでに着工済みであっても中断を決めるなど厳しい姿勢で臨んでいる。背景には前政権の親中政策、中国への過度の依存がマレーシア国内経済への悪影響を与えていることや中国が自国利益優先で進めている一帯一路」構想への反発があるのは確実で、表立って反発、非難できない中国政府を「切歯扼腕」させているのは間違いない。

▲写真 2013年、前首相ナジブ氏(当時首相)と握手をする安倍首相 出典:首相官邸

ジョホール州の州都ジョホールバルの西、シンガポールの国境から約2キロの海岸部分では現在埋め立て工事と同時に高層ビルなどのインフラ整備が急ピッチで進められている。同地区は大規模な海上新都市「フォレスト・シティー」の建設予定地で、4つの人口島に総面積1400ヘクタールの都市を建設し、70万人の人口を擁する総合開発計画で、すでに1つの島がほぼ埋め立てを終え、建設が進んでいる。投資総額は1000億ドルとされ、全ての完成は2035年を見込んでいるという。

「フォレスト・シティー」はジョホールバル一帯をマレーシアの経済特区とする「イスカンダール・プロジェクト」という人口170万人を目指す大規模開発の一環として位置付けられ、ナジブ前政権が強力に進めたもので、中国のデベロッパー「カントリー・ガーデン・ホールディングス社(碧桂園控股)」が事業主体となっている。

▲写真 フォレストシティー 出典:FOREST CITY COUNTRY PACIFICVIEWの公式HP

 

■ マハティール首相が外国人禁止方針

このフォレスト・シティーのコンドミニアムはすでに完成前の予約販売が始まっており、これまでに7棟、約2万ユニットが販売され完売している。2万ユニットの購入者の75%が中国本土の中国人で10%がマレーシア人とシンガポール人で残りは22カ国の人たちという。75%の中国人購入者の約半分は投資目的の購入という。

こうした状況についてマハティール首相が8月27日に「建設される街は外国人に売ることはできない。ここに居住するために来る外国人にはビザを発給しない」との方針を明らかにしたのだ。つまりフォレスト・シティーに不動産を所有することも、居住することも外国人には禁止するということである。一応「外国人」と表現しているものに、ターゲットが「中国人」であることは誰の目にも明らかである。

ナジブ政権時代にマハティール氏は「中国がやろうとしていることは、マレーシアへの投資(インベストメント)ではなく、定住(セツルメント)であり、これは主権に関わる問題だ」と発言したことがあり、中国人投資家、中国人居住者への不満をあらわにしたこともある。

「汚職腐敗体質」のナジブ政権打倒を掲げて5月の総選挙で野党を率い、初の政権交代を実現したマハティール首相にしてみれば、ナジブ首相が推進してきた中国絡みの巨大プロジェクトの見直しは国家財政立て直しの観点からも当然のことだった。

マレー半島の東海岸を走る高速鉄道プロジェクトはすでに着工が始まっていたにも関わらず中断を決め、カリマンタン島サバ州の天然ガスパイプライン事業も中止の意思を表明した。いずれも中国が出資するプロジェクトである。

8月20日にマハティール首相自ら北京を訪問して習近平国家主席、李克強首相と“直談判”して中国関連のプロジェクト中止への理解を求めた

▲写真 2013年、マハティール現首相(当時は元首相)と習近平首相 出典:Ministry of Foreign Affairs of People’s Republic China

 

■ 青天の霹靂に戸惑い隠せず

マハティール首相の突然の外国人への新たな方針表明は、各方面に驚きと衝撃を与えている。カントリー・ガーデン・ホールディング社では8月16日に同社会長とマハティール首相が会談した際にマハティール首相が「マレーシアの経済成長や雇用促進に資する外国投資を歓迎する」との趣旨の発言があったことを根拠に、首相の真意をはかりかねているとしている。

地元ジョホール州にあるカントリー・ガーデン・ホールディング社の合弁企業も「マハティール首相の事務所に対して説明をもとめているところだ」とし、中央政府の関連部署も「外国人への対応は公式決定ではないのではないか」と戸惑いをみせている。

マハティール首相のこのような最近の対中政策をみるに単にナジブ政権の「親中の裏返し」なのか、それとも心の底から「嫌中」なのかと様々な憶測を呼んでいる。

ただマハティール首相自身は「あくまでマレーシアの経済の現状」を考慮した結果であり、「マレーシア人が購入できない新都市構想の住居は誰のためのものなのか」などというマレーシア人にとっては極めて当然の考えに基づくもとしており、中国との関係悪化は望んでいないことを強調している。

それだけに中国としても正面だって怒る訳にもいかず、対応に苦慮し困惑しているのが実情ではないだろうか。中国におもねることもなく、言うべきことは堂々と主張するマハティール首相はさすが東南アジアがそしてマレーシア国民が誇る老練で老獪な政治家、指導者である。

トップ画像:マハティール首相 出典 flickr


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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