マレーシア アンワル新首相、課題山積
中村悦二(フリージャーナリスト)
【まとめ】
・11月24日に下院議員の過半数の信任を得ていたアンワル・イブラヒム元副首相が国王の薦めで首相に任命された。
・政権の安定化、インフレ高進、電子部品の輸出問題などアンワル首相が取り組まなければならない課題が多く残っている。
・対外関係では、対中関係のバランス化を推進しそう。
マレーシアは11月19日の総選挙(連邦議会下院選挙:任期5年、定数222、小選挙区制)で過半数を占める政党がなく政党間の連立工作が続いたが、24日に国王の薦めで連立工作が成就し、野党第一党だった希望連盟党首のアンワル・イブラヒム元副首相が首相の座に就いた。
アンワル氏は、1981年7月からのマハティール政権で教育相、財務相、副首相を務め、1997年のアジア通貨危機時に、自国通貨リンギットを米ドルと連動させるペッグ制を採ったマハティール首相との意見対立で政権から放逐された。
同政権はその後も続き、22年間に及んだが、アンワル氏はイスラム教で禁止されている「男色」や汚職疑惑で投獄された。2018年の総選挙では、マハティール氏は、かつての政権の与党連合の中核勢力だった統一マレー人国民組織(UMNO)に反旗を掲げ、希望連盟を率いて勝利した。
アンワル氏はマハティール氏と和解し、希望連盟から出馬して当選。国王の恩赦により出獄し副首相に就任、マハティール氏から「後任に」との約束を得ていたが、反故にされたという経歴の持ち主。そして、今回、75歳にして悲願であった首相になった。
アンワル首相が取り組まなければならないのは、政権の安定化、国民の生活を脅かすインフレ高進、先進国の経済悪化に伴う半導体など電子部品輸出の状況といった経済問題への対処、ワン・マレーシア開発公社(1MDB)の巨額資金の私的流用で刑が確定し現在収監中のナジブ・ラザク元首相時に進めた中国の「一帯一路」戦略への過度な加担を修正する外交の推進と課題は多い。
マレーシアの憲法では「国王が下院議員の過半数の信任を得ていると判断した議員を首相に任命する」としている。下院選挙後の政党の勢力分布は、人民正義党、民主行動党、国民新任党、キナバル進歩統一組織、マレーシア統一民主同盟の連合組織である希望連盟が82議席、全マレーシア・イスラム党と統一プリブミ党(プリブミは土地の子の意味。マレー人、先住民を指す)の連合組織である国民同盟が73議席。
2018年の総選挙で希望連盟に敗れるまで独立後一貫して政権を担ってきたUMNO、マレーシア華人協会、マレーシア・インド人協会、サバ団結党の連合組織である国民戦線は30議席へと落ち込んだ。ボルネオ島のサバ、サラワク両州の東マレーシア諸政党が23議席を確保した。
マハティール元首相の率いる祖国連盟は議席ゼロになってしまった。租税回避地や観光地開発を手掛けたランカウイ島から97歳にして立候補したマハティール氏自身も1969年来の落選を味わうことになった。同氏が獲得したのはランカウイ選挙区の全投票の6.8%に当たる4,566票。預託金を取り戻せる12.5%に及ばなかった。マハティール元首相の人気は失墜した。マハティール氏は「今後は英領時代など歴史に関する執筆に専念する」と語っている。
マレーシアの政治家は、国民のために戦うというより、自らの利益のために離合集散を繰り返す傾向が強い。24日のアンワル首相誕生に際しても、国民戦線は、希望連盟の連立に参画した。UMNOのアーマド・ザヒド・ハミディ総裁は「希望連盟、国民連盟のいずれとも連立は組まない」としていたが、希望連盟と組んだ。マハティール氏の「希望連盟と国民戦線が組むことも」との読みが当たった。
アンワル首相は、総選挙に際して出した希望連盟のマニフェスト(公約)として、生活費の高騰への助成、下院議員の任期(5年)固定化、中国語教育中心の中学校の地位向上を認める“多文化主義”などをあげた。
今回の選挙から投票資格が従来の20歳から18歳からに引き下げられ、選挙管理委員会の正式発表はまだないが、140万の新規投票資格者の75%程度が投票したと見られている。学生間では学費面での助成、女子の優遇策といったことを求める声が報道されている。アンワル首相は2023年度予算案編成で様々な要求を考慮せざるを得ない。
全マレーシア・イスラム政党と統一プリブミ党の連合である国民連盟のムヒディン・ヤシン元首相は、21日の「連立に加わるように」との国王のアドバイスに背き、政権のチェック役を担う姿勢を示している(25日段階)。
対外関係では、対中関係のバランス化を推進しそうだ。アンワル首相は24日の記者会見で「アジアの超大国である中国との関係は極めて重要で関係深化が必要」とする一方、「米国、欧州、インド、東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係も同等に重要」と述べ、バランス外交を進める姿勢を示している。
トップ写真:首相就任記者会見で講話するアンワル・イブラヒム氏(2022年11月22日) 出典:Photo by Annice Lyn/Getty Images
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この記事を書いた人
中村悦二フリージャーナリスト
1971年3月東京外国語大学ヒンディー語科卒。同年4月日刊工業新聞社入社。編集局国際部、政経部などを経て、ロサンゼルス支局長、シンガポール支局長。経済企画庁(現内閣府)、外務省を担当。国連・世界食糧計画(WFP)日本事務所広報アドバイザー、月刊誌「原子力eye」編集長、同「工業材料」編集長などを歴任。共著に『マイクロソフトの真実』、『マルチメディアが教育を変える-米国情報産業の狙うもの』(いずれも日刊工業新聞社刊)