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.国際  投稿日:2018/9/22

仏、「貧困の連鎖」断ち切れるか


Ulala(ライター・ブロガー)

フランス Ulala の視点」

【まとめ】

・マクロン大統領、貧困改善に向け4年間で80億ユーロ(約1兆円)投じると発表。

・仏の貧困の連鎖は深刻。

・仏政権、教育プログラム対象を社会に出る前の若者に広げる意向。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真の説明と出典のみ記載されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42094で記事をお読みください。】

 

日本は失われた20年を経て、1994年に664.2万円だった1世帯当たり年間平均所得金額(全世帯)が、2015年に545.4万円と、118万円下落しました。月額にすると9.9万円に上ります。また、相対貧困率は1997年には14.6%でしたが、2016年には15.7%となっています。

▲図 各種世帯の1世帯当たり平均所得金額の年次推移 出典:内閣府「国民生活基礎調査」平成28年度

 

▲図 貧困率の年次推移 出典:内閣府「国民生活基礎調査」平成28年度

それに比べると、フランスの貧困率は1996年には14.7%だったものが、2016年には14%になり、ヨーロッパ内では低いレベルを維持。(編集部注:フランス国立統計経済研究所 INSEEより)オランド政権では高所得者への大幅な増税で所得格差も少なくなりつつあるため、その点だけを見ると、他の国と比べて安泰のようにも思えてきます。しかしながらその貧困者は日本とは少し異なった事情も見られるため、今回は、現在フランスが行っている、貧困対策の背景を探ってみました。

フランスのマクロン大統領は9月13日、国民の約14%が貧困層とされる現状の改善に向け、4年間で80億ユーロ(約1兆円)を投じると発表。貧困地区の学校で朝食を無料支給するほか、昼の学校給食についても最も貧しい家庭の子供は1ユーロ(約130円)で食べられるようにするとしました。また、現在義務教育は16歳までとなっていますが、学校の枠をはずれても18歳までなんらかのトレーニングを義務づけることとしたのです。

フランスの失業率は9.1%で欧州連合(EU)(編集部注:フランス国立統計経済研究所 INSEEより)平均よりも高く、貧困家庭に生まれると満足な教育や訓練を受けにくい上、資格も取れず就職しにくくなることから貧困の連鎖を生んでいることが問題であることが知られており、今回の対策は、そういった問題点を改善する目的があります。

もちろんながらフランス各地に点在する貧困者を対処にした措置ですが、その貧困者が多く住んでいる地域を見てみると、65%は町に住んでおり、集中している地域があることが分かっています。

下記は、フランスの貧困者の住む地域の分布図となります。

▲引用元:observatoire 2017

貧困層が多い地域は過去に繁栄した歴史がある工業地帯周辺に集中しています。例えば、パリの北に位置するサンドニ、マルセイユを中心とした南仏、リールなどがあるノール県など。60年代に、経済活動のためにやってきた移民たちが住んでいた都市がほとんど。

これらの元工場地帯では、めざましい高度経済成長期に集まった労働者や家族が住むために、1980年代にHLM(低家賃住宅)が建設されました。もちろんHLM建設時には現地人系のフランス人が優先的に入居したのですが、約半分は60年代から労働者としてやってきた移民とその家族でした。しかしやがて仕事もあって収入もあり、それなりに生活していける平和な日々に終わりがやってきます。

経済成長期が終わり労働者家族の生活が厳しい状況にさらされることになったのです。経済が低迷したことで若者を中心に失業者が増大、そのしわよせを大きく受けたのは特に人種の違う移民2、3世の若者たちでした。仕事を探すものの人種による壁は厚く仕事は見つかりません。特に若者が高い失業率となり大問題になりましたが、現在でもその影響を強く受けています。

▲写真 SurvilliersにあるHLM 出典:P.poschadel

だいたい、どの国でも就職するには教育を受けたと言う卒業証書、資格が重要になってきます。フランスでも、近年は国民の88%が各分野でバカロレア(高校卒業資格)を取得し、就職するにも学歴が重視されるようにもなってきました。しかしながらそんな中、貧困者のディプロム取得率は低く、貧困者の33.2%はなんの資格ももっていません。参考資料)資格もなければ就職もままならず、仕事もなければまた貧困の生活を強いられ、貧困が連鎖していく。フランスでは一度貧困になれば、抜け出すことはとても難しい現状がそこにあります。

そんな貧困家庭の子供達を支えるための教育をするはずの学校も、地域による格差が大きく、特に貧困層が通う地域の学校のレベルの低さが指摘されています。移民が多いからと言う声も大きく聞こえますが、それよりも、各家庭の環境とフランスの教育システムの不一致を的確にとらえた教育対策が行われてこなかった結果ともとらえることができるのではないでしょうか。

フランスの学校はどちらかと言うと、落ちこぼれができやすいシステムとも言えます。なぜなら、バカンスが長い分、学校教育時間は短く、その代わり宿題を多く出すことで学習量を補ってきました。宿題が多いことは、家庭で勉強する時間が長くなると言うことですが、そういったシステムでは家庭で勉強を教えることができたり、子供自身の実力がある子には問題ありませんが、家庭で勉強を教えることができず、自力で勉強ができない場合は、まったく機能しません。

特に、貧困家庭は、両親が学力的にも高くない場合も多い上、肉体労働的な仕事で疲れてたり、物理的に時間がないなど、子供の勉強をみてあげられないケースがとても多くなります。そのような環境で、自分の力だけで乗り切れない子供は、どんどん、どんどん、落ちこぼれていくことになることが多いのです。特に苦労していたのは、当然ながらもともと母国で十分な教育を受けていない移民たちの家庭。フランス語自体が十分でないであろう家庭では、十分な子供の教育ができないことは当然のこととも言えます。

この結果、教育的、社会・経済的ハンディを負った生徒が特定の地域に集中するようになり、たいへん大きな学校間格差が生まれることにもつながりました。そればかりでなく、学区ごとに指定された公立中学校を回避して、他の学区の公立校、または学区の制約を受けない私立校に子どもを通わせる学校選択行動が、学校間格差をより大きく広げ、特定社会階層・人種の隔離状況をも作り上げたのです。

もちろん、フランスはこの20年、教育改革を行い続け、こういった状況の改善を目指してきています。ZEP(教育優先地域)を設け学力の向上を目ざしたり、宿題を減らし学校で授業するように変更していったり、社会分断を解消するためにオプションと言う事実的な成績による選抜クラスを廃止し、成績に偏ることなくクラスに均等に生徒を振り分ける、また週4日の授業を、週4日半にするなどの改革が行われきました。しかし、特定地域との他の学校の格差、学校内での経済背景による格差の解消は思うようには成功していないと言わざる得ません。

2015年のPISA(注1)の社会経済的背景が成績に与える影響の調査において、「社会経済的に不利な状況を打ち破ることに成功し、世界全体の上位25%の成績を納める」割合は、OECDの平均値が29%なのにもかかわらず、フランスは、それを下回る27%となっており、社会背景が学力に影響を与えていることを垣間見ることができます。ちなみに、日本は社会経済的に恵まれない生徒の2人に1人(49%)が不利な社会経済的環境を打ち破り高い成績をおさめると言う結果が出ており、フランスより日本の方が社会背景が学力には影響しないと言えるのではないでしょうか

そんな中、フランスでは、学校の勉強についていけない若者が16歳までの義務教育後は学校にも行かず、仕事にも就かず、毎年6万人も社会から疎遠になっている状況となっています。そこで今回、学校では朝食を無料配布し、勉強に集中する体力を整え、18歳までに学校枠外を含めた教育を受けることを義務を掲げることなどの対策を設け、就職できる可能性を広げることを目指すことに。すでにマクロン政権では、失業者に教育を行うプログラムを進行させていますが、そのターゲットを社会にでる前の若者に広げることで貧困の連鎖をなんとか断ち切りたいとしています。

社会層による格差という強固な壁が高くそびえ立っているフランス。「何世代も続いてきた不平等を終わりにしたい」と語るマクロン大統領。それには貧困対策によって、貧困の連鎖をどこまで食い止められるかが、今後も重要な鍵となってくることは間違いありません。

 

(注1)PISA 2015

日本 https://www.oecd.org/pisa/PISA-2015-Japan-JPN.pdf

フランス https://www.oecd.org/pisa/PISA-2015-France-FRA.pdf

トップ画像:貧困対策について発表した仏マクロン大統領(2018年9月13日) 出典 マクロン大統領Twitter


この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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