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.国際  投稿日:2018/9/30

ラオス 中国のダム建設で環境破壊も


室橋裕和(ライター・編集者)

【まとめ】

・ラオス政府は、諸外国の支援によるダム建設を次々に進めるようになった。

・特に中国はメコン河と支流域で複数のダム建設計画を進めている。

・巨大ダムでメコンデルタに塩害や水不足の恐れ→世界的食料不足も。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=42235でお読みください。】

 

7月23日、ラオス南部アッタプーで建設中だったダムが崩壊する事故が発生した(参考動画) 。周辺の村々が濁流に飲み込まれ、これまでに39人が死亡、97人が行方不明となっている。また6000人以上が避難生活を余儀なくされており、下流域のカンボジアでも5000人あまりが家を失った。

建設を請け負っていたのはPNPC(Xe-Pian Xe-Namnoy Power Co., Ltd.、セピアン・セナムノイ電力)という3か国による合弁企業だ。ラオスの国営企業、タイのエネルギー大手であるラチャブリー電力、そして事業主体を担っていたのは韓国のSK建設韓国西部発電である。

インドシナ半島を貫く「母なる大河」ともいわれるメコン河の支流で建設が進んでいたセピアン・セナムノイ・ダムだったが、工事がおよそ90%ほどまで進んでいたところで決壊。50億立方メートルの水が土砂とともに流出したと見られている。そのとき、インドシナ半島には台風9号(ソンティン)が襲来、ベトナムで多量の雨を降らせ、首都ハノイでは各地で洪水が発生するなど大きな被害をもたらしていた。

日本と同様、毎年この時期には台風が多く、東からインドシナ半島に侵入してくる。そして半島の背骨のように南北に続くラオスの山岳部で停滞し、周辺は大雨となる。

ダムは7月20日に一部の損壊が発見され、住民の避難がはじまったものの、豪雨のために修復工事ができず決壊に至った。事故の原因については韓国企業の手抜き工事の可能性も指摘されており、今後の調査が待たれるところだ。

▲写真 セピアン・セナムノイ・ダムの完成予想図 出典:PNPCウェブサイトより

PNPCを形成する企業のひとつは、タイの電力会社である。これは、ダム完成後に水力発電で得られた電力をタイに輸出する計画になっていたためだ。想定発電量410MWのうち、実に90%をタイが買い取る契約だったという。

ラオスは資源に乏しい山岳国だ。日本の本州とほぼ同じ面積を持っているが、そのうちおよそ80%が山地となっている。タイとの国境線となっているメコン河の東部にわずかな平野があり、農業が営まれているほか、林業もさかんだ。近年は金や銅、ボーキサイトなどの鉱床が発見されているが、開発はまだ進んでいない。

▲写真 ベトナムのメコンデルタ。メコン河は恵みの象徴でもある ©室橋裕和

そんなラオスで好調な産業が「売電」なのである。メコン河やその支流などを利用した水力発電ダムを次々に建設、電力を周辺諸国(おもにタイ)に輸出している。その発電量は6390.9MW(2016年)に達しており、「東南アジアのバッテリー」ともいわれている。

2016年には中国によって、北部ルアンパバン県にナムカン3ダムが建設されるなど、新たに4つのダムが稼動をはじめた。国内には42か所の発電施設があり、さらに各地で建造が続く。中部のボリカムサイ県では、関西電力によってナムニアップ1水力プロジェクトが進む。やはりメコン河の支流であるナムニアップ河に、発電容量計29万kwの発電所を2基、建設する。電力はこちらもタイへと輸出される。大林組やIHIインフラシステムなどが計画に参加し、運転開始は2019年1月の予定。このダムの総貯水容量は約22億立方メートルで、日本最大級である黒部ダムの10倍以上という規模になる。

▲写真 建設中のナムニアップ1水力プロジェクト 出典:関西電力

▲写真 ラオスではまだまだ河とともに生きる昔ながらの暮らしが残っている ©室橋裕和

莫大な発電量を持つラオスでは電気料金は安価で、家庭用の場合1kw/hあたり0.05〜0.08米ドルだ。東京0.16〜0.25米ドル、プノンペン0.15米ドルと比べてみるとその安さがわかる。

工業用の電力も同様で、1kw/hあたり0.078米ドル。東京0.12米ドル、プノンペン0.21米ドルよりはるかに安い。大電力を必要とする工場にとっては大きな差となり、これを「売り」にして外資の製造業を誘致する動きもある。日系企業はいまのところ、首都ビエンチャン郊外のビタ・パーク経済特区、南部サワンナケートのサワンセノ経済特区などに少数が進出するに留まっている。しかし今後は、タイやベトナム工場との分業体制が進むと見られ、ラオスの役目も大きくなるかもしれない。発電を軸にしたラオス経済は、この3年間の平均GDP成長率が7%を超えた。まだまだ後発国ながら、山地に刻まれた川筋はこの国の未来でもあるのだ。

その先駆けともいえる存在が、ラオス中部にある。首都ビエンチャンから車で北上することおよそ3時間。国道13号線を東に折れ、しばらく進むと、タラートという小さな街に出る。そこからナムグム河に沿ってのどかな山道を走っていくと、やがて巨大な構造物が見えてくる。日本のODA(政府開発援助)のもと、世界銀行などの融資によってつくられたナムグム・ダムだ。

▲写真 日本によって建造されたナムグム・ダム  周囲はささやかな公園となっておりダムを見上げて散策できる ©室橋裕和

ラオス初の水力発電所でもあり、日本公営や日立など数多くの日系企業が関わり、1968年から建設が進められた。当時ラオスは内戦下にあり、工事は難航を極めたが、1971年に完成。このダムによって、ラオスは売電という新しい産業を手にすることができたのだ。その後、日本の援助によってたびたび修復や増設が行われてきたが、現在も発電容量を増やすための工事が行われており、2020年までに完成する予定だ。

▲写真 ナムグム・ダムは運転開始以降、その発電量を増すための工事を重ねている ©室橋裕和

ナムグム・ダムは、日本とラオスの初の合作映画『ラオス・竜の奇跡(主演・井上雄太)』の題材にもなっている。現代のラオスを生きる女性ノイが、1960年代にタイムスリップしてしまう。そこで出会ったのは、ダム建設のためにラオスを訪れていた日本人技師、川井だった。川井は地元住民の反発に遭いながらも、ダムによる発電がいかにラオスの将来に役立つかを必死に説いて回るのだ。その姿にノイも打たれ、少しずつ惹かれていく。

▲写真 たくさんの観光船が停泊するナムグム湖のほとり ラオス人たちはピクニック感覚で遊びに来る ©室橋裕和

現在のナムグム・ダムは、すっかり平和になったラオスの人気観光地でもある。ダム建設によって生まれた巨大な湖が広がっているのだ。船をチャーターして、料理や酒を持ち込み、湖を遊覧しながら宴会をするのがラオス人には人気だ。湖畔にはいくつかホテルもあり、ビエンチャンからの小旅行にはちょうどいい。日本の国際援助とエネルギー技術が、そんな景色を生み出したのだ。

▲写真 ダム建設によってできたナムグム湖は、まるで鏡のような湖面の美しさが印象的 ©室橋裕和

この発電ビジネスに旨味を見出したラオス政府は、諸外国の支援によるダム建設を次々に進めるようになった。事故を起こしたセピアン・セナムノイ・ダムもそのひとつだ。

そしていま、ラオスに対して大きな影響力を持っているのは中国である。発展が続いているとはいえ国力の弱いラオスは、国際会議やスポーツの大会などの会場建設も難しい状態で、そこへ中国が手を貸した。例えば2009年にビエンチャンで開催されたSEA GAMES(東南アジア競技大会)のスタジアムは中国が建設したものだ。2012年のASEM(アジア欧州会合)で使われた迎賓館とコンベンションセンターも同様だ。その見返りに、中国はビエンチャン中心部の開発権を得たといわれる。こうした手法でラオス経済に深く食いこんでいるのだ。

北部のタイ・ミャンマー国境に位置するメコン河沿いの一帯は、99年間の予定で中国に租借され、ジャングルを切り開いてカジノやコンドミニアムが建設されるなど乱開発が続いている。「国土の切り売り」と国内外からの批判も強い。

そして中国は、メコン河とその支流域で、複数のダム建設計画を進めている。中国国内の電力需要をまかなう目的と、「一帯一路」構想により周辺国への影響をより強めるためだ。

しかし急激な開発によって、環境破壊を引き起こしている。水質汚濁だけでなく、大量の水を人為的にコントロールすることで、河に生息する魚たちは産卵場所を見失い、漁獲高が減るといわれている。すでに「メコンの主」でもあったメコンオオナマズはその数を大きく減少させ、ワシントン条約の保護リストに入っている。カワゴンドウ(イラワジイルカ)も絶滅の危機にあるといわれる。このまま計画が進めば、2040年までに流域の漁獲高は半減するという試算もある。

中国は自国の領内、雲南省やチベットを流れるメコン河にもダムを多数建設しており、さらに増やす計画だ。これにより下流で起きているのが、大規模な「水不足」なのである。

▲写真 中国電建と中国水電によるダム開発を示す看板、ラオス中部にて ©室橋裕和

ラオスからメコンを下っていくとカンボジアに至るが、近年ではメコンから引きこむ農業用水の減少に悩まされている。雨季の季節にはメコンが氾濫し、これが栄養分たっぷりの農地をもたらしてくれるのだが、水量は年々減っている。

さらに深刻なのはベトナムだ。メコンが無数の支流に分かれて南シナ海に注ぐベトナム南部のデルタ地帯では、塩害が発生している。河の水量が減り、水位が低下したことで、海水が流れ込んできてしまっているのだ。

▲写真 ラオス南部サワンナケートからメコン対岸のタイを望む、豊かなように見えるがメコンの水量はだんだん減っている ©室橋裕和

メコンデルタは世界有数の農業地帯として知られている。その豊かな大地は作付面積、生産量ともにベトナム全体の50%を超える。とくに稲作が有名で、二毛作、三毛作もできる肥沃さが世界第3位のコメ輸出国・ベトナムを支えている。年間およそ2500万トンのコメがこの地域で生産されているのだ(ベトナム全体では4500万トン)。

このメコンデルタが塩害や水不足によって不作となれば、問題はことベトナム一国の経済不振に留まらない。世界的な食料不足を引き起こす可能性もある。

上流の中国がダムを開閉するたびに、下流に悪影響を及ぼす。これからラオスに建造されようとするダムもそれを拍車をかけるだろう。

ラオスでは、2020年までには水力をメインとした発電所の総数は75を 数えるといわれ、総発電量は1万MWを突破する。発展を続けるASEAN(東南アジア諸国連合)の電力需要を満たす規模になるという が、その代償は大きなものになるかもしれない。

※記事中の数字は、JETROおよび外務省参照

トップ画像:セピアン・セナムノイ・ダムの完成予想図 出典 PNPCウェブサイトより


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