中国、ラオスで鉄道建設放棄
大塚智彦(フリージャーナリスト)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・ラオスで中国人雇用主がコロナで帰国し、賃金未払いが発生。
・「一帯一路」構想が合致して中国とラオスによる共同建設
・鉄道建設は、親中・ラオスにおける「一帯一路」構想の象徴。
東南アジアのラオスで進む首都ビエンチャンと中国を結ぶ同国初の長距離鉄道建設で北部の一部工区で雇用主の中国人らがコロナウイルスへの感染を恐れて中国本土へ帰国してしまい、ラオス人の建設労働者への賃金支払いが滞っていることがこのほど明らかになった。
これは米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア(RFA)」が伝えたもので、ラオス北部ウドムサイ県ナモ地区の鉄道建設工区で働く約30人のラオス人労働者やトラック運転手らに対する賃金の未払い状態が続いているという。
現地の労働者によると雇用主らの中国人がラオスで新型コロナウイルスの感染が確認された3月24日以降、突然姿を消して中国本土に戻ってしまい、それ以後連絡がとれない状況が続いているという。
これまでもこの工区では数カ月間賃金が遅配されることはあったものの、今回は雇用主そのものが姿を消してしまい、コロナ感染収まる気配が見えないことから果たして雇用主ら中国人がいつ戻ってくるのか、未払いの賃金は支払われるのかなどラオス人労働者は途方に暮れているという。
RFAの取材に労働者の一人は今後の失職を警戒して匿名で応え「なんの説明もなく中国人の雇用主などの中国人が消えてしまい、これまでの未払い分を合わせた3、4カ月分がいつ払われるのか全然見通しがつかない」と不安を述べている。
この工区の労働者は仕方なく現在も毎日仕事を続けているというが、同じように中国人雇用主らが姿を消したという別の工区ではトラックの運転手が未払い賃金の担保にトラックを取ったという情報も流れている。
ただ労働を続けても無賃金状態は変わらず食料やトラックや工事機器のリース代、さらに家族の生活必需品を購入する現金の不足が労働者の間で次第に深刻化しているとRFAは伝えている。
★ラオス長年の夢である長距離鉄道
ラオスのビエンチャンと中国雲南省昆明とを結ぶ高速鉄道計画は2016年12月から本格的な工事が始まった。全長472キロメートルを結ぶ鉄道は長距離鉄道のないラオスにとっては長年の夢だった。
この政府の願望に中国政府が進める「一帯一路」構想が合致して、中国建設会社とラオス鉄道会社による共同での建設が進んでいる。総工費は約60億ドルとされ、2021年12月2日の建国記念日に合わせた営業運転開始が予定されている。
同鉄道構想は昆明からラオスのルアンナムター県ボーテンで国境を越えてラオス領に入り、北部山岳地帯で世界遺産として有名な観光都市ルアンパバーンを経て中部平野部に入りビエンチャンに至る単線路が建設中で、途中旅客駅11駅と貨物専用駅でラオス国民の生活と流通の要となることが期待されている。旅客列車は最高時速160キロでこれまで3日かかっていたビエンチャン・昆明間を約3時間で結ぶ予定だ。
今回問題が明らかになった北部ウドムサイ県などの山岳部ではトンネル工事区間も多く、約200キロの山岳区間に長短75のトンネルが建設されることになっている。
写真)ビエンチャン・昆明を結ぶ地図
★ラオスのコロナ感染対策
ラオスでは23日現在、政府発表ではコロナ感染者数は19人で死者はゼロと東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の中では低い水準を維持している。同国の医療水準や検査態勢・機器の精度などから「実際の感染者、死者の実数はもっと多いのではないか」との疑問の声もでている。
しかしラオス政府は最初に感染者がでた3月24日以降、ビエンチャンを中心に国民に自宅待機を呼びかけ重要産業以外の工場や事務所の閉鎖、操業自粛などを呼びかけている。
今回賃金未払い問題が発覚した鉄道建設を含めた建設業はこの自粛対象の業種には含まれていないため、中国人雇用者が帰国したあとも現場では作業が続けられているという。
ラオスはASEANの中ではカンボジアやミャンマーと並んで中国とは「一帯一路」構想による巨額の経済援助やインフラなどの大型プロジェクト推進などで深い関係を維持している親中国である。
ラオスが初の感染者が報告される以前の3月20日にはコロナ感染検査キット2000個、医療用防護服5000着、N95などの医療用マスク40万枚が中国から寄贈されている。
また感染者発覚後の3月29日には中国の感染症専門家からなる「医療専門チーム」がラオス入りして感染症対策にあたるラオスの病院を巡回するなどしてラオス人医療関係者と治療環境や手順などを協議するなど中国政府による手厚い支援がコロナ対策でも発揮されている。
RFAはナモ地区の賃金未払い工区の問題についてラオスの国家鉄道局や現地ナモの地方労働局などに事案に関する問い合わせをしたがこれまで回答のない状態が続いていると伝えている。
ビエンチャン市内や地方都市には中国企業などの中国語の看板が溢れ、メコン川など主要河川のダム建設や今回問題となっている高速鉄道建設は中国政府による「一帯一路」構想のラオスでの象徴ともいえ、コロナ感染対策を通じて中国は今後さらにラオス国内でその存在感を強めようとしていることだけは間違いない。
トップ写真)工事中の鉄道(ラオス)
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。