陸自個人携行救急品の中身は70%が欠陥品
照井資規(ジャーナリスト)
【まとめ】
・平成28年9月10月と陸上自衛隊の個人携行救急品の不足が国会で取り上げられた。
・平成29年度から陸自個人携行救急品の内容品が追加されたがその70%が欠陥品。
・世界の水準から分析して陸自救急品は欠陥品。
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平成28(西暦2016)年9月10月と陸上自衛隊の個人携行救急品の不足が問題として国会で取り上げられ、平成29年度から陸上自衛隊の個人携行救急品の内容品が追加された。以前は救急品袋に止血帯と救急包帯の2品目を入れているのみであったが、「チェストシール」などの7品目が追加され、計10品目となり、平成30年夏頃までには陸自のほとんどの隊員に行き渡った。
図1:陸上自衛隊個人携行救急品の変遷 ©照井資規
しかし、内容品が増えたにも関わらず、そのうち70%が表「陸上自衛隊個人携行救急品の機能評価と改善案」の評価欄に「×」とある欠陥品である。中には「チェストシール」「手袋」のように致命的な過失を招くおそれのあるもの、「止血ガーゼ」のように量、質共に全く役に立たないものすらある。
表1
表2
表1・表2:陸上自衛隊個人携行品の機能評価と改善案(筆者作成)*無断転載を禁じる
出典:自衛隊の個人携行救急品の内訳 提供:陸上自衛隊幕僚監部
自衛官の「命の値段」は、米軍用犬以下なのか 東洋経済オンライン 2015/03/19
出典:平成29年度版防衛白書 第III部 国民の生命・財産と領土・領海・領空を守り抜くための取組 2 国連平和維持活動などへの取組 1
国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS:United Nations Mission in the Republic of South Sudan )(2)自衛隊の活動
出典:p115 外傷救護の最前線 診断と治療社 2018/07/10
図2:陸上自衛隊個人携行救急品 ©照井資規
表1にある全ての内容品を支給されても、たった1か所の手足に受けた銃創の止血すら出来ない。救命力は僅か5%程度であろう。表1を見れば、内容品が隊員の救命を追求して選定されたものではないことが明らかである。現代戦において約80%以上は負傷後30分未満で死亡、2時間未満では90%に達する。
図3:主要な戦傷の受傷時から戦死に至るまでの時間(筆者作成)
戦場では最前線の治療施設に到着するまでに2時間以上を要してしまうため、戦死の90%は治療を受ける前に発生している※1。
図4:治療・後送段階別の戦死者発生区分(筆者作成)
このため、自衛隊員個人の救急品と救急処置能力が充実していなければ、負傷時に生きて治療施設にたどりつくことが出来ない。
これほど重要な個人携行救急品でありながら表1にある、追加品まで含めた全てが陸上自衛官全員に支給されるようになったのは、2016年11月から国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)の第11次派遣隊からであった。しかも、陸上自衛隊員全員の救急品の充実は陸上自衛隊が自発的に行った施策ではない。報道や国会で取り上げられるなどの外部からの作用によるものだ。
当初、陸自の個人携行救急品には国内用、国外用に区別されて支給されていた。まず、こうした区分があること自体が問題であると報道で取り上げられ、有事の際には表1の「国際活動等装備」が追加されることになった。しかし、救急品とは平素から備え、使用法に習熟しなければ効力を発揮しない。筆者はこのことを軍事研究誌2016年8月号「四肢が吹き飛ぶ戦闘外傷からのサバイバル」などで訴えた。平和安全法制により「駆け付け警護」や「宿営地の共同防護」の任務が追加されることに伴い、2016年9月30日の衆議員予算委員会、同年10月11日の参議院予算委員会にて、筆者の軍事研究誌の記事が取り上げられ、表1にある救急品の全てが、陸自の全隊員へと支給されるきっかけになった。
画像1:2016年10月11日の参議院予算委員会にて照井の作成した軍事研究の表を用いて質問する大野議員 ©照井資規
内容品選定の疑問
筆者は現職の自衛官時代から、自衛隊員の戦場における救命の問題について研究してきた。陸自の個人携行救急品については、ヨルダンでのSOFEX、フランスでのEUROSATORY2018、南アフリカ共和国でのAAD2018などの主要防衛展にて開催各国軍の医療部ブースへの取材で意見を聴取した。また、アメリカのIMSHなどの医療展では医学の専門的視点から意見を聴取、国際標準野戦救護・治療教育を提供するITLS国際会議※2ではSAMチェストシールの考案者である米軍の元軍医、Dr. Sam Scheinbergより毎年直接、救急品の説明と教育を受けている。これらを踏まえたものが表1と表2「更に追加することが望ましい内容品」である。
表3:さらに追加することが望ましい内容品(筆者制作)
陸自の個人携行救急品について異口同音に受けた批判は、たった1か所の手足に受けた銃創の止血すら満足に出来ないことだ。軍用小銃弾は弾丸直径の30倍から40倍の範囲を破壊するため、18cm~24cmにもなる創口を「救急包帯」の4インチ四方(10cm四方)のガーゼ面では被覆するのみでも面積が不足する。しかも銃創は射入口と射出口と2カ所以上の創となるため、他国軍隊では圧迫止血効果を高めたり被覆面積を補うため、3.7m~20mのガーゼ包帯の携行を必須としているが陸自の救急品にはこれが無い。
画像2:1か所の手足の銃創に使用する衛生資材の比較 ©照井資規
最優先で追加支給すべき十分な長さのガーゼ包帯を2度にわたる内容品追加でも行っていないのは、戦闘外傷を踏まえて内容品を選定していないためではないか。
さらに「止血ガーゼ」である「QuickClot カオリンⅩ」は20cm四方の血液凝固促進剤を含侵させたガーゼであり他国軍隊が携行する包帯状止血剤の28分の1の面積しかなく、止血を行うには量が極端に不足している上に原文の説明書には「出血を制御する処置の代替となるものではない」と記述されているほど止血効果が不十分であるためほとんど役に立たない。
画像3:自衛隊と米軍の包帯状止血剤の比較 ©照井資規
防ぎえた戦闘外傷死のうち手足からの出血が占める割合は12%※3である。止血帯は一時的に血流を遮断しているに過ぎず、阻血痛を伴うので緊縛止血の痛みに20分程度で耐えられなくなる。その間にガーゼ包帯と止血ガーゼによる止血法に切り替える必要があるが、これらが無ければ、緊縛止血の痛みに耐えられなくなった時点で救命の可能性は極めて低くなる。
防ぎえた戦闘外傷死のうち、首及び手足の付け根からの出血が占める割合は18%※3であり、これらには止血帯は効果が無いため、ガーゼ包帯と止血ガーゼによる止血が頼りであるが、陸自の救急品ではそれらの能力が不足している。
ベトナム戦争(1955年~1975年)では防ぎえた戦闘外傷死のうち、胸部に受けた穿通性外傷による緊張性気胸が占める割合は33%であったが、対テロ戦争(2001年~2011年)には1%まで減少させることができた※3。これは銃弾や爆弾の破片などで生じた胸の開放創を密閉し、胸の中に溜まった空気を排出することもできる一方弁を備えた閉塞包帯「チェストシール」の使用法に正しく習熟していることが前提となる。陸自のチェストシールは「SAM Chest Seal with Valve」であり、これは使用法の誤りにより負傷者が致命的な状態に陥りかねないほどの欠陥品である。内容品の追加支給を始めた頃には最新型の「SAM Chest Seal Valved 2.0」が発売されており、欠陥は解消され包装容積も小さくなった。それにも関わらず、自衛隊は最新型を買わなかった。
画像4:SAMチェストシールの違い ©照井資規
このように評価してみると現在の個人携行救急品では隊員の救命率は良くても5%であろう。これほど効果に乏しい内容品を15万セット以上も購入してしまったのは戦闘外傷の研究を踏まえた内容品の選定をしていないことの証左であり、現在の陸自の個人携行救急品の中には隊員の命がどこにも見えてこない。
2016年11月15日民進党は自由党とともに「自衛隊員救急救命法案」(第一線救急救命処置体制の整備に関する法律案)を衆院に共同で提出した。残念ながら法律成立とはならなかったが、陸上自衛官全員に追加品も含めた救急品が支給されるきっかけとなった。しかし、結果は本記事の通り救命率は良くても5%であり改善が必要である。深刻なのは内容品が増えても、その使用法教育が行われていないばかりか、救急法検定も更新されていないことだ。かねてから陸上自衛隊員個人の救急品と救急処置能力の不足は「与えない、教えない、示さない」の「衛生三悪」と言われてきたが、防衛予算で15万セット以上も追加救急品を購入し、各隊員に与えたにも関わらず、追加の内容品そのものが欠陥品で使用法も教えていない、たった1か所の手足に受けた銃創ですら満足に手当ができる物も技術も無いのであるから、何も改善されていないに等しい。
※1 出典:Time to death after initial wounding, Profiles in Combat Casualties, USUHS(米軍保健大)
※2 ITLS International Trauma Life Support 外傷救護・治療の進歩のための国際的取り組み
※3 出典:イラストでまなぶ!戦闘外傷救護26,27ページ ホビージャパン
トップ画像:陸上自衛隊個人携行救急品 ©照井資規
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この記事を書いた人
照井資規ジャーナリスト
愛知医科大学非常勤講師、1995年HTB(北海道テレビ放送)にて報道番組制作に携わり、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、函館ハイジャック事件を現場取材の視点から見続ける。
同年陸上自衛隊に入隊、陸曹まで普通科、幹部任官時に衛生科に職種変更。岩手駐屯地勤務時に衛生小隊長として発災直後から災害派遣に従事、救助活動、医療支援の指揮を執る。陸上自衛隊富士学校普通科部と衛生学校にて研究員を務め、現代戦闘と戦傷病医療に精通する。2015年退官後、一般社団法人アジア事態対処医療協議会(TACMEDA:タックメダ)を立ちあげ、医療従事者にはテロ対策・有事医療・集団災害医学について教育、自衛官や警察官には世界最新の戦闘外傷救護・技術を伝えている。一般人向けには心肺停止から致命的大出血までを含めた総合的救命教育を提供し、高齢者の救命教育にも力を入れている。教育活動は国内のみならず世界中に及ぶ。国際標準事態対処医療インストラクター養成指導員。著書に「イラストでまなぶ!戦闘外傷救護」翻訳に「事態対処医療」「救急救命スタッフのためのITLS」など
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