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.国際  投稿日:2018/12/3

アメリカで広がる対中強硬論


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視 」

【まとめ】

・トランプ政権の対中強硬政策に民主党リベラル派や穏健派識者同調。

・米の国益崩す中国の攻撃的姿勢に穏健派中国専門家失望、転向宣言。

・ トランプ政権の対中政策強固さを極め、長く険しい米中対立は続く。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43089でお読みください。】

 

米中両国の対決が全世界の視線を集める。軍事でも経済でも世界第一と第二の大国同士がかつての東西冷戦をも思わせる厳しさで対峙しあう状況は日本を含めて全世界に波乱を引き起こすからである。

だがそれにしても、トランプ政権の中国に対する政策や態度は強固さをきわめるようになった。この対中姿勢の背後には共和党保守のトランプ政権の政敵であるはずの民主党リベラル派までの同調がある。中国に対して本来、強硬派だった勢力だけではなく、穏健派とされた識者たちまでがいまや中国を警戒し、対抗し、抑止すべきだという思考を表明するにいたった。

この超党派の一致という点にこそ、いまのアメリカの中国対決政策の最大の特徴があるのだともいえよう。だからいまのトランプ政権の対中政策は簡単には変わらない。中国への戦いに近い対決姿勢はこんごも長く続いていくとみられるのだ。

ではアメリカでは中国専門の識者たちの間でも穏健派、ソフト派と目された人たちまでなぜ、どのように対中認識を険しくするにいたったのか。私自身がよく知る実例を1つあげて説明しよう。

古い話ではあるが、私がワシントンで中国問題の専門官僚のロバート・サター氏を初めて知ったのは1982年3月、ロナルド・レーガン氏が大統領のときだった。そのころ日米関係や日米同盟が改めてアメリカ側の国政での関心を集めるようになった。連邦議会の下院外交委員会が日米関係についての公聴会形式の討論会を開き、エール大学のヒュー・パトリック教授、日本外務省の岡崎久彦氏らを証人として招き、意見を聞いた。その証人の末端に私も含まれた。私は当時、毎日新聞のワシントン駐在の特派員だったが、その前年の一年間、アメリカの研究機関「カーネギー国際平和財団」で上級研究員として日米安保関係の研究や発表をしてきた経歴を買われたようだった。

▲写真 ロバート・サター氏 出典:The Elliott School of International Affairs (The George Washington University) Homepage

この討論会の組織役、調整役が議会調査局のアジア担当官のサター氏だったのだ。サター氏はハーバード大学で中国研究の博士号を取得し、連邦政府に入って、中国関連部門に勤めることになったのだが、その当時は連邦議会に付属する議会調査局で中国をはじめとする東アジアを担当し、日米関係もその責任範囲だったのだ。

だから私はサター氏の職業活動を少なくとも36年間は知ってきたこととなる。そのサター氏は1982年以降、国務省、中央情報局(CIA),国家情報会議と所属の政府機関を移りながらも、一貫して中国と取り組んできた。その間、とくに中国の対外政策を追って、対中政策の形成にかかわってきた。私は記者としてサター氏の見解を数えきれないほど尋ねて、何度も記事として報じ、参考にもしてきた。

その間、私はもちろんワシントンでアメリカ側の他の中国専門の官僚や学者をも多数、知った。そうしたなかでサター氏のスタンスは常に反中でも親中でもなく、中庸を得て、客観的に思えた。強硬という言葉を連想させることは皆無であり、あえて短い形容で評するならば、「穏健」だった。

サター氏本人は個人の政治信条では民主党寄りだった。リベラル派とも呼べるだろう。中国研究では自らを「穏健派」と特徴づけてきた。
ところがそのロバート・サター氏が2018年11月のいま、これまでの自分の中国認識には誤りがあったと認め、トランプ政権の中国への対決基調の新政策を支持するようになったのである。

「私は長年、中国の動向に対してあえて危険視はしない穏健な認識をとってきました。しかし中国の高度技術の略奪的な取得にみられるようなアメリカの国益を犠牲にする攻撃的行動を過少評価していたことを理解するにいたりました」 

いまはジョージワシントン大学の教授としてなお中国研究の第一線にあり、中国とロシアの接近についての官民合同調査の中核にもあるサター氏は自分の錯誤を率直に認めるのだ。一種の転向宣言ともいえるだろう。

「アメリカ側の歴代政権は関与政策の名の下に中国もアメリカも受け入れられるアジアでの国際秩序の構築に努めてきました。だが中国はそれに応じず、逆にアメリカ側の現状保持の政策基盤を切り崩す戦略をあらわにしてきたのです。中国側からの関与を期待した私たち穏健派中国専門家は一様に失望し、考えを変えることを余儀なくされたのです」

▲写真 ペンス米副大統領(右) 出典:Mike Pence Facbook

サター氏は最近、こんなことを述べるようになった。告白とも反省とも、自己批判とも呼べる言辞である。最近の一連の論文や証言でもこんな趣旨を述べるのだ。そしてペンス副大統領の演説に集約されるトランプ政権の対中対決政策は民主党リベラル派の支持をも得ていることを強調し、これから長く険しい米中対立が続くという見通しを明言するのだった。

いまのアメリカの対中観や対中政策の背景を知るうえで、このサター氏の軌跡は有益な指針になるだろう。

トップ画像:米中首脳会談(2017年11月9日 北京) 出典:在北京アメリカ大使館ホームページ


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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