アメリカを侵す中国 その5 中国工作員が米名門大に浸透
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・中国の工作により米大学の学問の自由が脅かされているとの報告書が。
・中国側の米大学への「苦情」「圧力」「威嚇」「懐柔」等の実例報告。
・同報告書、米官民での対中関係の見直しと中国への認識の硬化 を反映。
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アメリカ議会が設立した半官半民のシンクタンク「ウィルソン・センター」(公式名称はウッドロー・ウィルソン国際学術センター)は、この9月、「アメリカの高等教育への中国の政治的な影響と干渉の活動の研究」と題する報告書を公表した。
同センターはアメリカ議会によって創設され、運営経費の30%は議会から出ているが、学術研究はすべて独立を標榜している。同報告書は同センターのなかの中国研究部門である「キッシンジャー米中研究所」が企画した。実際の調査や最終報告の執筆はウィルソン・センターの研究員で若手の女性米人学者のアナスタシャ・ロイドダムジャノビク氏が中心となった。調査にはおよそ一年をかけたという。
中国当局によるアメリカの教育・研究機関への干渉は長年、多数の事例が断片的に報告されてはきた。だが、このようにその干渉や影響の全体像を150ページという長文で正面から総括した報告の前例はないといえる。
同報告書の調査のためにロイドダムジャノビク研究員らはアメリカの各大学のうち学術的に主要とされるカリフォルニア大学、ハーバード大学、ウィスコンシン大学、コロンビア大学、ジョージタウン大学など25校を選び、それらの大学の中国やアジア関連の学部主体の教職員合計百八十人から直接に事情を聞いたという。
その調査結果の総括として報告書はまず「これまでの20年間にアメリカ駐在の中国政府外交官らはアメリカの多数の大学の教職員や学生、大学運営者にとっての学問の自由を次のような方法で侵害した」として以下の諸点を指摘していた。この20年という年月は習近平主席の指示で統一戦線工作部が大増強され始めた2015年ごろよりずっと古くへとさかのぼりはするが、最近の数年間の事例ももちろん含まれているわけだ。いずれも中国側がアメリカの大学に対して以下のような言動をとったというのである。
・大学が招く講演者や、催す行事について苦情を述べた。
・中国が神経を過敏にする課題についての教育を止めさせるよう圧力をかけるか、あるいは懐柔を図った。
・中国側の要求を容れない場合に、その大学が中国側と交わしている学生交換などの計画を中止すると威嚇した。
同報告書によると、中国側が苦情の対象とするのは、チベットのダライ・ラマの招待や中国政府のチベット抑圧の講義、新疆ウイグル自治区でのウイグル民族弾圧についての講義、台湾を重視するような講義や集会に始まり、中国政府の国内での人権の抑圧や国外での無法な領土拡張などに関する講義や研究だという。
写真)ダライ・ラマ法王 出典)チベットハウスジャパン
同報告書はさらに「在米の中国外交官たちはアメリカの大学の特定の教職員に対して個人の安全を脅かすような言動をもとった事例が多い」と述べ、「外交官」のなかには情報機関の工作員がいて、中国側の要求に応じない米側の学者や研究者に対して私生活に踏み込むまでのいやがらせ行為や威嚇行為をとった例もある、と記していた。
同報告書はまた現在、合計35万人とされるアメリカの大学、大学院への中国人留学生の一部が中国政府の意向を受けた形でアメリカ側の大学の教育や研究の内容に抗議して、米側の学問の自由を侵害した実際のパターンとして以下の事例をあげていた。
・大学側に中国当局の嫌う研究や講義の中止を求めた。
・大学側の中国についての特定の展示や行事の撤去や中止を求めた。
・大学側に中国政府が嫌う人物を外部から招くことの中止を求めた。
・大学側に中国政府が嫌う主張をする特定の教職員への非難を伝えた。
・大学の講義で一般の中国留学生が中国に関する政治問題でどんな意見を述べるかを中国の大使館や領事館に定期的に通報した。
同報告書は上記のような中国人留学生の言動も政治的な動機によるアメリカ側の大学の教育や研究の自由への不当な侵害だと批判していた。同報告書はさらに中国人留学生や中国大使館員がこうしてアメリカの大学に圧力をかける際、孔子学院が重要な役割を果たすことも指摘していた。
ちなみにアメリカのかなりの数の大学に設けられた孔子学院は中国政府の意向を米側大学当局にぶつけるような事例が出て、昨年ごろから米側の批判を浴びるようになった。議会でも孔子学院追放の声があがった。それを受けたような形で連邦捜査局(FBI)長官が議会で「孔子学院に対して刑事事件捜査を始める」とまで言明した。この話題の孔子学院もすでに述べたように統一戦線の一翼なのである。
画像:孔子学院 出典:The Confucius Institute at The University of Manchester
さてウィルソン・センターの報告書は「苦情」や「圧力」の実例としてはジョージワシントン大学でのダライ・ラマの講演計画やウィスコンシン大学での台湾政府代表の招待計画にそれぞれ中国人外交官が激しい抗議を繰り返し、それぞれの大学と中国との協力的なプログラムの打ち切りを示唆したケースをあげていた。
「報復」の実例としては同報告書はメリーランド大学がダライ・ラマを招いたことに対して中国側が同大学への中国人留学生派遣を停止したケースや、カリフォルニア大学サンディエゴ校がチベット関係者との交流を進めたことに対して同校への中国政府系学者の公式派遣を停止したケースを指摘していた。中国側はアメリカの学者たちには脅しの手法として中国への入国ビザの発給を拒否することを示唆するという。
同報告書は「懐柔」としてはウィスコンシン大学のエドワード・フリードマン教授が中国側から中国政府が望むような内容の本を2万5千ドルの報酬で書くことを勧められた事例などを示していた。
写真)エドワード・フリードマン教授 出典)ウィスコンシン大学
また報告書は中国側のアメリカ大学の「学問の自由への侵害」の延長として米側学者たちの「自己検閲」を強調し、実例をあげながら、詳しく説明していた。アメリカの大学や研究所で中国関連の学術テーマを専攻する教職員のなかには中国政府が嫌がることを表明すると、さまざまな形で報復や非難を浴びるという危険を恐れて、本来の意見を自分の判断で抑えてしまう人たちも少なくない、という指摘だった。
同報告書はこの現状は米側の官民や各大学が一体になって団結し、変えなければならないとして、具体的な政策をも提言していた。
こうした調査結果が学術研究として公表されるようになったことはいまのアメリカの官民での対中関係の見直しと中国への認識の硬化の反映だともいえよう。
中国共産党によるこうしたアメリカへの工作は統一戦線が主役となっている。アメリカ側でいまやそうした認識と反発とが急速に高まってきたのである。
さてわが日本での状況はどうなのだろうか。
*この連載記事は月刊雑誌「WILL」2018年11月号に掲載された古森義久氏の「米国の怒り 中国を叩き潰せ!」という論文を一部、書き換え、書き加えた報告です。5回に分けて掲載しました。
トップ写真 習近平国家主席 出典:中華人民共和国人民中央政府
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。