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.国際  投稿日:2019/1/10

国際情報分析 継続的に公開情報を読む大切さ


宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)

「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #02」

2019年1月1月7-13日

【まとめ】

・金委員長のスタイルの変化は政策の方向性の変化の表れ。

・韓国海軍艦船問題から見る国際情報分析の真髄。

・錯綜する米国のシリア撤退に関する情報。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43647でお読みください。】

 

先週は元旦早々、金正恩労働党委員長が発表した「新年の辞」を取り上げ、「内容的にあまり進展があるとは思えない」などと断じてしまった。勿論、間違った分析ではないが、今週は国際ニュースを読む際の最低限の心構えについて書きたい。まずは、流石に専門家は別の視点で見ているのだなと痛感させられた記事からご紹介する。

筆者は朝鮮半島の専門家、同氏は金委員長が「新年の辞」演説の中で、「国民に初めて『核兵器の製造中止』と『核の不使用』、『核不拡散』を語った『衝撃は大きい』」と指摘する一方、演説から「『主体思想』なる語が消え、軍を評価する言葉がなかったのは、奇妙」とも述べている。なるほどね、確かに言われてみれば、そうだろうね。

更に同氏は、金委員長が「執務室でソファーに座り、テレビカメラに向かった」スタイルは「父親や祖父の権威から離れ自らの権威が確立した」と「老幹部や軍幹部に世代交代を宣言する演説スタイル」だったとも指摘する。彼の分析の是非もさることながら、より重要なことは、こうした「公開情報を継続的に読み込む分析」の説得力である。

確かに金委員長は政策の方向性を変えたいのだろう。公開情報の蓄積による分析はかくも強いのだ。問題は同委員長が政策変更を対外的譲歩なしに行おうとしていること。実に虫の良い話だが、その点では韓国国防省だって立派なもの。レーダー照射問題は当面解決しそうにないが、もっと気になるのは日本の専門家・識者のコメントだ。

韓国海軍艦船の内部で何が起きたかは正直言って現時点では公開情報がないので分からない。されば今は推測で論じるしかないのだが、軍事知識の乏しい経済評論家の推測ほどいい加減なものはない。それは筆者も身に染みて知っている。海上自衛隊OB達ですら言うことが微妙に違う。この問題で即断、決め付けは禁物なのだ。

最後にある科学者のツイッターをご紹介する。「NHKのニュース7は..ひどい。BBCと比べると、世界認識の甘さと、批評性のなさが絶望的…こんなもん見ない。NHKニュースだけ時間が石器時代で止まっている」と手厳しい。確かに傾聴に値する国際派らしい批判だが、冷静になってよく考えてみると、何だか分かったようで、分からない。

▲写真 哨戒機「P-1」 出典:海上自衛隊HPより

まず「BBCと比べる」というが、BBCとはWorld Serviceのことか。されば、ニュース7とBBC/WSを比較すること自体、そもそも無理だろう。米国のCNN、Fox、3大ネットワークだって、意外にドメスティック。どの国のニュース番組も視聴者で成り立っている。NHKニュース編集の批判は、結局は視聴者批判となる「天に唾する」行為だろう。

要するに、思い付きの分析や評価ではダメで、やはり長年公開情報を丹念に集め、比較した上での分析に勝るものはないということだ。今年も一年、以上のような真摯な態度で国際情報分析をしていかないとアカンな。言うは易しいが、行うはシンドイ。されど、これ以外に国際情報分析の王道はないのである。

 

〇 東アジア・大洋州

6日に中国の国務委員・外相がエチオピアなどアフリカ4カ国を歴訪する。毎度同じことを言うが、年間200日以上国会審議に縛り付けられる外務大臣を持つ主要国は日本だけだ。中国の対アフリカ外交に種々問題があることは事実だが、とにかく外交のトップが議会に気兼ねなく外遊できるようにしないと、ね。

8日から米国の貿易交渉代表団が訪中する。米側出張者に閣僚はおらず、極めて実務的なラインナップだ。良いニュースは「政治的ショー」の要素がないので、しっかりした議論ができること。悪いニュースは「政治的決断」のできる高官がいないので、このレベルでは大きな進展が見込めないということだ。ご関心の向きはこちらを乞一読。

 

〇 欧州・ロシア

7日は東方正教会系のクリスマスに当たる。全てのクリスマスが12月25日だと思ったら大間違い。だからだろうか、今週の欧州は忙しくない。9日にはイギリスでEU離脱問題の議論が再開される。そう、まだやっているのだ。12日から日本の外相が訪露する。北方領土問題で何を話すか気になるところだが、詳細が発表されることはない。

欧州についてはニューヨークタイムスの面白い記事を一つご紹介しよう。

現在フランスには日常会話でアラビア語を使う人々が300万人!もいるが、アラビア語の学校はモスクの中にあるのでフランス政府は関与できない。今後同政府は公立学校でのアラビア語教育を検討するという。これが「日常会話で中国語を使う人々が数十万人!もいる日本」だったどうするのか?決して他人事ではない記事である。

 

〇 中東・アフリカ

今週から米国務長官が中東アラブ諸国を歴訪する。それに関する事前ブルーフで国務省高官は、「米国は中東から撤退しない。シリアに関する大統領決定については報道が錯綜し間違った話もあるが、我々はどこへも行かない。」と言ってのけた。

The United States is not leaving the Middle East. Despite reports to the contrary and false narratives surrounding the Syria decision, we are not going anywhere. 

▲写真 マイク・ポンペオ米国国務長官 出典:在インドネシア米国大使館HPより

大統領がシリア撤退をツイートしたのは12月19日、大統領が4カ月の猶予期間を認めたのは大晦日の夜だったが、今やイスラエル訪問中のボルトン補佐官までが撤退はIS掃討という条件付きと述べたらしい。これを中国では「上有政策、下有対策」と呼ぶ。今週のJapan Timesコラムは米国版「上有政策、下有対策」について書いた。

 

〇 南北アメリカ

昨年末に米国外の良識派にとって最後の希望だったマティス国防長官が辞任し、米外交安全保障チームは沈没かと思われたが、なかなかどうして、トランプ氏の「殿ご乱心」には、あのボルトン国家安全保障担当補佐官ですら、付いて行けなかったらしい。トランプ政権では健全な常識がない人でも「抵抗勢力」にならざるを得ないのか。

 

〇 インド亜大陸

7日から日本の外務大臣が訪印する以外、特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。

トップ写真:金正恩朝鮮労働党委員長委員長とポンペイオ米国務長官 出典:Twitter The White House


この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表

1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。

2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。

2006年立命館大学客員教授。

2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。

2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)

言語:英語、中国語、アラビア語。

特技:サックス、ベースギター。

趣味:バンド活動。

各種メディアで評論活動。

宮家邦彦

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