北朝鮮金委員長の茶番劇続く~2019年を占う~【北朝鮮】
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #01」
2019年1月1-6日
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43542でお読み下さい。】
謹賀新年
今年最初となる本原稿は珍しく元旦に書くことにした。金正恩朝鮮労働党委員長が早速、朝鮮中央テレビを通じ「新年の辞」を発表したからだ。昨年は彼の「新年の辞」で大いに振り回されただけに、今年彼が何を言うかについては関係者の間で関心が高まっていたのだが、結論としては内容的にあまり進展があるとは思えない。
産経新聞によれば、金委員長は、①朝鮮半島に恒久的な平和体制を構築し、完全な非核化に進もうとすることは、党と政府の不変の立場で、私の確固たる意志だ、②既にこれ以上、核兵器をつくりも実験しもせず、使いも広めもしないと宣言してきた、と述べたそうだ。
おいおい、こうした言い方、昨年とどこが違うのか、全く変わっていないのではないか。問題は「朝鮮半島」ではなく、北朝鮮の完全な非核化であり、問題は「これ以上」の製造・実験・使用・拡散ではなく、北朝鮮の核兵器そのものの廃棄である。原理原則が巧妙にすり替えられてきた昨年の教訓を我々は学ぶべき時期に来ている。
▲写真 北朝鮮軍事パレード 2018年2月11日 出典:Tasnim News Agency (Public Domain)
また同委員長は、③トランプ米大統領といつでも再び向き合う準備ができており、必ず国際社会が歓迎する結果を出すために努力する、と述べる一方、④米国が約束を守らず、一方的に何かを強要しようと制裁・圧迫に出れば、やむを得ず自主権と国家の最高利益を守るため、新しい道を模索せざるを得なくなるかもしれない」とも述べた。
要するに、逸るトランプ氏の足下を見つつ、交渉破綻の可能性を示唆してトランプ氏を揺さぶり、決断を促そうということだろう。トランプ氏はこの種の戦術に極めて脆弱だったから、近いうちに第二回米朝首脳会談に突っ走るのではないか。ケリー、マティスが去った今、これを止められる米政府高官はもう残っていないだろう。
更に同委員長は、⑤米側には我々(北朝鮮)の主導的・先制的努力に対する信頼性ある措置を改めて求めるとともに、⑥南北関係については「驚くべき変化」に「満足」しており、南北協議による合意は事実上の不可侵宣言である、⑦開城工業団地と金剛山観光をいかなる前提条件や対価なしに再開する用意があるとも表明した。
▲写真 開城工業団地 出典:Photo by Mimura (Public Domain)
要するに、米朝協議では譲歩していないが、南北協議は高く評価しており、韓国からの経済的支援を先行させようとしているようだ。更に同委員長は、⑧朝鮮戦争休戦協定の当事国と平和体制への転換のための多国間協議をも積極的に推進すべしと述べたらしい。中国を巻き込もうとしていることは明らかだ。
金委員長の「新年の辞」の大半は経済問題に関するものだが、そうした傾向は昨年と変わらない。どうやら、今年も金委員長の言動に振り回される状況に大きな変化はなさそうだ。我々は一体いつまでこの茶番劇に付き合わされるのか。恐らく来年の新年の辞でも同じコメントをしている可能性が高いかもしれない。いい加減にしてほしい。
昨年一年間の読者の皆さまのご愛読に感謝するとともに、今年もこの外交安保カレンダーを全力で書き続けていきたい。2019年が皆さまにとって良い年となりますように!
〇 東アジア・大洋州
昨年末韓国海軍艦艇が海自哨戒機に火器管制レーダーを照射したとされる問題が越年している。1日の朝鮮日報は、「日本の内閣総理大臣秘書官や参議院議員を務めた経験のある政治家が、日本の防衛省が公開した海上自衛隊哨戒機の映像を見て、『海上自衛隊が間違っている』という趣旨で日本政府を批判した」と報じている。この報道内容が事実であれば、実に残念なことだ。
〇 欧州・ロシア
1日は欧州で民衆生活に影響大の新制度が始まった。ロシアでは批判の多かった年金制度への移行が始まるとともに、付加価値税率が18%から20%に引き上げられた。一方、この日はドイツ、スペイン、チェコ、ルーマニアで最低賃金(時給)が引き上げられた。これら一連の措置が各国内政に及ぼす影響が気になるところだ。
〇 中東・アフリカ
昨年末、サウジ人ジャーナリスト殺害事件関連でトルコの地元テレビ局は、男3人が遺体が入っているとみられるスーツケース5個と黒い大きなかばん2個を総領事館近くの公邸内に運んでいる様子を映した監視カメラの映像を放映したそうだ。トルコは、ロシアと握る一方で、まだサウジ批判を止めようとはしていない。したたかである。
〇 南北アメリカ
先週末トランプ氏は、「習主席と長く、非常に良い電話協議を行った」が、「取引は非常に順調に進んでいる。成立すれば、あらゆる分野や争点を網羅した非常に包括的なものになる。大きく前進している!」とツイートしたそうだ。これが暗示することは2つ。中国はかなり譲歩したが、トランプも簡単には「撃ち方止め」しない、ということか。
〇 インド亜大陸
先週末、バングラデシュで総選挙があり、現首相率いる与党アワミ連盟(AL)が総議席の約9割を獲得し圧勝したという。ハシナ首相は3期連続となるが、対する野党は不正多発を理由に再選挙を要求しており、反政府運動が高まる可能性も指摘されている。2016年には日本人を巻き込むテロが起きた。今回は何事もないと良いのだが。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:北朝鮮金正恩委員長とトランプ米大統領 2018年6月11日 出典:Twitter Dan Scavino Jr.
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。