「ロシア疑惑」は反トランプ勢力のでっちあげ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・トランプ陣営とロシアとの共謀の証拠なし。新たな訴追もなし。
・共和党議員は「民主党の捏造」疑惑の特別捜査を訴え、反撃に。
・民主党は追及継続の構えも、トランプ大統領には有利な状況に。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合は、Japan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44859でお読みください。】
トランプ大統領にとって就任当初から暗い雲のようにまつわりついた「ロシア疑惑」がひとまずの決着を迎えた。ロバート・モラー特別検察官による2年近くの捜査が終わり、「トランプ陣営とロシア政府との共謀はなかった」という結論を出したからだ。
同捜査報告の扱いをめぐりなお共和、民主両党の衝突は続くが、この時点ではトランプ陣営側の「『ロシア疑惑』は反トランプ勢力によるでっちあげだ」とする主張が一段と説得力を増すこととなった。なぜならモラー検察官の捜査はもう新しい刑事訴追はしないことも明白となったからだ。
▲写真 ロバート・モラー特別検察官 出典:Public Domain(Wikimedia Commons)
モラー特別検察官事務所の捜査報告の骨子は3月24日、ウィリアム・バー司法長官により発表された。捜査の最大標的だった「ロシア政府機関とトランプ陣営の共謀」という点について同報告書は「2016年の米国大統領選挙にトランプ陣営のメンバーとロシア政府が共謀、あるいは協力して介入したことは裏づけられなかった」と明記したことが公表された。
▲写真 ウィリアム・バー司法長官 出典:Public Domain(Wikimedia Commons)
捜査終了と総括報告書の司法長官への引き渡しが公式に発表された3月22日金曜日の夜、ワシントンでは民主党側には抑えつけたような暗い空気が広がり、共和党側には逆にお祝いのような明るい空気が広がった。
特別検察官は司法長官に任命されたため、その捜査が終われば、結果を司法長官に報告する。その報告書が22日の金曜日夕方に同長官に提出されたことが公式に発表された。その内容の骨子が24日に公表されたわけである。
報告書の提出の段階でそれを受け取る側の司法省の高官が「この捜査報告書にはもう新たな刑事訴追はなにもない」と言明したことがその捜査完了での最大の重要点となった。いままですでに起訴された人物合計34人(うちロシア人が26人)のほかにはモラー検察官はもうだれも起訴はしないままに捜査を終えたのである。
このことは「疑惑」の最大対象だったトランプ大統領自身はもちろん、息子のドナルド・トランプ・ジュニア氏や義理の息子のジャレッド・クシュナー氏などはもう特別検察官事務所によっては刑事訴追はされず、こんごも刑事責任を追及されないことを意味する。
▲写真 ドナルド・トランプ・ジュニア氏 出典:Donald Trump Jr. facebook
▲写真 ジャレッド・クシュナー氏 出典:Public Domain(Wikimedia Commons)
しかもこれまでの捜査では疑惑の核心の「トランプ陣営は2016年のアメリカ大統領選挙でロシア政府機関と共謀して、有権者の票を不当に操作した」という容疑はなにも証明されずに終わったことになる。つまり捜査の始まった理由の「共謀」はなかったということになるわけだ。
トランプ大統領はこの捜査を一貫して「魔女狩り」だと非難してきた。選挙で当選した自分を反対勢力が選挙ではない方法で大統領の座から引きずり下ろすための謀略だという主張だった。そしてロシア政府機関との共謀など一切ないと否定し続けてきた。特別検察官の捜査終了は結果としてこのトランプ大統領の主張を裏づけた形となったのである。なぜなら「共謀」の主張や容疑は否定されたからだ。この特別検察官の捜査での起訴はもうないというのだ。
トランプ陣営も与党の共和党陣営も今回の展開に喜びを隠さない。それどころか「この報告書によって『ロシア疑惑』が民主党側の捏造、でっちあげだという事実が証明された」という激しい反撃を開始した。
トランプ大統領自身は同じ時期、フロリダ州の別荘で休養し、ゴルフに興じるというゆとりをみせた。だが共和党側で「『ロシア疑惑』はそもそも民主党側のでっちあげだ」と主張してきた下院情報委員会の筆頭メンバーのデビン・ヌーネス議員は23日、「この捜査終了によって『ロシア疑惑』という事態は今世紀最大の政治スキャンダルであることが証明された」と述べ、この「疑惑」自体がそもそも反トランプ勢力のでっちあげだと断じた。そのうえでその捏造事件の特別捜査の必要性を訴えた。
▲写真 共和党・デビン・ヌーネス下院議員 出典:Devin Nunes facebook
モラー氏が「ロシア疑惑」の特別検察官に任じられたのは2017年5月だった。ただしFBI(連邦捜査局)による同疑惑の捜査は2016年から始まった。同検察官はこれまでの刑事訴追34人のうち6人を有罪確定、あるいは有罪自認とし、そのうちの6人はトランプ氏となんらかのつながりがあった人物たちだった。しかし、その罪状は選挙戦でのロシア機関との共謀とは無関係の脱税や横領という行為だった。また選挙に不当に介入したとされるロシア側工作員はみなロシア独自の干渉とされ、トランプ陣営との共謀や共同の違法行為はなにも指摘されなかった。
だから共和党側がこの報告書でトランプ大統領の無実が立証されたと主張することも大きな根拠があるわけだ。だが民主党側はまだトランプ氏にからむ「ロシア疑惑」を議会としてさらに追及することや、民主党支持層の厚いニューヨーク州の検事局や裁判所を使って攻めることを検討している。またトランプ大統領による司法妨害の容疑はなお曖昧なままの扱いとなっている。しかし「ロシア疑惑」はあくまで「トランプ陣営とロシア政府の共謀」が主体だった。
3月23日までの日本のメディアの報道ではこの「この報告書には新たな刑事訴追の意図や方針が記されていない」という司法省高官の言明にまったく触れていない例もあった。この報告書の意味を考えるうえで決定的に重要なその部分の無視はきわめてゆがんだ報道となる。まして日本の主要メディアが「トランプ陣営はロシアと共謀した」とする趣旨の報道をしてきた事例は数えきれない。いまとなれば、その種の報道はみなフェイクニュースだったということにもなろう。
いずれにしてもトランプ政権の登場以来、2年以上も政権にとっての最大、最悪の非難だった「ロシア疑惑」は一つの段階の終わりを過ぎて、トランプ大統領にとってはこれまでよりずっと有利な状況が生まれたといえよう。
トップ写真:執務中のトランプ大統領(2018年12月21日) 出典:Donald J. Trump twitter
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。