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.国際  投稿日:2019/4/20

金正恩体制、終わりの始まり


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・「米朝会談」での権威失墜回復に金正恩、必死。

・米を見誤り、弱点さらす金正恩。同行者多く失敗を隠蔽できず。

・焦りが更なる失敗に。金正恩体制の「終わりの始まり」か。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=45297でお読みください。】

 

北朝鮮の金正恩委員長は、4月9日から12日にかけて朝鮮労働党中央委員会政治局拡大会議、中央委員会全員会議、最高人民会議14期1回会議を異例にも連続開催し、国務委員長推戴のセレモニーを行い、主権機関の最高人民会議常任委員長職を行政機関長の国務委員長の下に置くという改編を行った。

そこからはハノイ米朝首脳会談で毀損した権威回復への必死さがうかがえる。北朝鮮における「首領(最高指導者)」の権威失墜は即体制の崩壊につながるからだ。

ハノイ会談出発時、金正恩は「今回の会談でみんなが喜ぶ立派な結果が出るだろう、最善を尽くす」(朝鮮中央通信)と大見得を切ったが、会談結果は見事な失敗だった。トランプ大統領から秘密の核施設資料を突きつけられ凍りついた。そして「あなたは合意する準備ができていない」とダメ押しされた。帰国するまでの60時間、列車の中で何度も臍を噛んだに違いない。

 

■ 会談決裂でさらけ出た金正恩の未熟さ

ハノイ会談を通じて金正恩の未熟さはあからさまになった。それは第1に、金正恩がトランプ大統領を甘く見て、客観的で正確な情報に基づかないまま会談に臨んだことだ。

昨年6月のシンガポール会談で、思い通りの米朝共同声明を手にした金正恩は、自分を褒めたたえ「独断」で政策を進めるトランプ大統領を甘く見た。交渉実務者から有利な情報だけを聞かされ有頂天になり、緻密な分析も行わず、トランプだけを攻略すれば勝利できると誤判したのだ。

▲写真 シンガポールでの史上初の米朝首脳会談(2018年6月12日)。この時の成功体験でトランプ政権の真意を見誤ったか。 出典:The White House facebook

米国政権がトランプの考えどおり動くと錯覚した金正恩は、トランプに対する文在寅政権の「政治ロビー」とトランプの娘婿クシュナーを通じた経済利権ロビー、それにロシア・スキャンダル疑惑やポルノ女優スキャンダルなどの「弱点」を組み合わせれば、「寧辺核施設一部放棄」だけで「制裁解除」を勝ち取れると思ったのである。

第2に、一気に勝利しようとして「制裁の解除」という自分の最も欲するカード(弱点)を見せてしまったことである。

最高人民会議での演説で金正恩は「いまこの場で考えてみると、いわゆる制裁の解除問題のために躍起となって、米国との首脳会談にこだわる必要はないと考えるようになった」と吐露した。この発言は、ハノイ米朝会談を振り返る過程で「制裁解除に執着心を見せたばかりに米国に弱点を知られてしまった」との意味に解釈される。

これで黎明通りなどの平壌リニュアールで「制裁は効いていない」とするプロパガンダが水泡に帰した。一方、米国は「制裁が効いている」との自信を深め、制裁と軍事的圧力を組み合わせれば金正恩を「落とせる」との自信を深めたと思われる。ハノイ会談後、3月以降の米国の動きはそれを物語っている。

第3に、何らの成果も手にしていないにも関わらず、トランプとの良好な関係を維持しようとして「核実験とミサイル発射はしない」と約束したことだ。

これでトランプに圧力をかける手段を自ら縛ってしまった。この約束を破ればトランプのメンツをつぶすことになるばかりか、それを口実にトランプが「軍事オプシション」に進むことも正当化できる。金正恩は自らカード選択の幅を狭めてしまった

第4に、あまりにも大勢の主要幹部を帯同(金正恩を除く政治局員18名中5名)したため、自身の失敗を隠蔽しにくくしたことである。

朝鮮中央通信によるとハノイ会談の主要幹部随行者は、政治局委員の金英哲、李洙墉、金平海、呉秀容の各党副委員長と李容浩外相、政治局委員候補の努光鉄人民武力相と金與正党第1副部長だったが、組織指導部副部長の趙甬元(チョ・ヨンウォン)や崔善姫外務次官などをはじめとした中央委員会メンバーも多数随行した。

これで金正恩は自身の外交的失敗過程を部下たちにすべて見せてしまった。口に出さないが多くの幹部たちは心の中で金正恩の未熟さを感じているはずだ。

▲写真 金英哲政治局委員。ハノイの米朝首脳会談を同行した多くの北朝鮮幹部が目の当たりにした。 出典:Public domain

 

■ 金正恩の焦りがさらなる失敗もたらす

金正恩は、自身の弱点糊塗とハノイ会談失敗の収拾策を打ち出すまでに43日もかかった。いかに打撃が大きかったかが推しはかられる。しかし守勢から抜け出せる妙策はいまだに見いだせていない。やっと見つけた打開策は「自力更生」という使い古された耐乏強要政策だった。

▲写真 金正恩はポンペオ国務長官(左)を交渉から外すよう主張し始めた。写真は平壌を訪れたポンペオ氏(当時、CIA長官)との会談(2018年3月31日)出典:Public domain

金正恩はいま主導権回復を焦るあまりさらなる失敗を重ねているようだ。米国に対して「今年の末までは忍耐力を持って米国の勇断を待ってみるが、この前のように良いチャンスを再び得るのは難しいことであろう」(金正恩演説)と期限を切って譲歩を迫ったことがそれだ。さらに北朝鮮外務省局長がポンペオ国務長官外しまで付け足した(4月18日)。

この要求を米国が受け入れるはずがないだろう。拒否されれば金正恩は一層窮地に陥ることになる。それはそのまま体制の動揺につながるに違いない。金正恩の権威を棄損させた「ハノイ米朝首脳会談」は、金正恩体制の「終わりの始まり」の起爆剤だったかも知れない。

トップ写真:ベトナム・ハノイでの米朝首脳会談(2019年2月17日)は金正恩体制の「終わりの始まり」の起爆剤か。 出典:flickr; The White House


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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