金正恩に非核化の意思なし 2
朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・北朝鮮が解除を求めたのは5件の国連制裁決議。
・金委員長の野心と焦りで失敗に終わった「トップダウン外交」。
・北朝鮮幹部と米国へ向く金委員長の怒りと復讐。
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2)米国は安保理制裁の効果も確認
北朝鮮が今回の会談で、寧辺核物質生産凍結・破棄の対価として強く求めたのは、終戦宣言や平和協定ではなく、2016年以降の国連制裁決議である2270(2016年3月)、2321(2016年11月)、2371(2017年8月)、2375(2017年9月)、2397(2017年12月)の解除だった。これらの制裁を解除させ体制を立て直せば終戦宣言などはいつでも手に入れることができると踏んでのことだと思われる。
北朝鮮の制裁解除に対する強い要求によって、トランプ大統領は、国連安保理制裁が北朝鮮経済を疲弊させているということをあらためて確認するとともに、対北朝鮮交渉の強力なカードだということも確信した。
安保理が2006年以降に採択した北朝鮮関連の主な決議は11件ある。しかし2016年までの5件は大量破壊兵器に使われる物資を中心とした制裁だった。
2016年1月以降の度重なる北朝鮮の核・ミサイル実験に対応し、2017年末までに課した制裁は6件であるが、旅行制限に関した1件を除く5件は北朝鮮経済を直撃した。その主な内容は、原油の輸入制限、農水産物および繊維の輸出と労働者の出稼ぎ禁止、新規投資と合弁の禁止だった。
5件の中でも特に2017年8~12月の3つの決議が核心である。それは、北朝鮮の命脈を握るエネルギー源と外貨獲得源の徹底的遮断を目指していた。ガソリンや灯油など石油精製品の輸入量を450万バレルから50万バレルと9割減まで制限し、石炭、鉄、鉄鉱石、海産物の輸出を全面禁止した。北朝鮮労働者を受け入れている国に対しては2年以内(今年11月)の本国送還を求めた。
3)金正恩の権威失墜で北朝鮮体制に大きな痛手
北朝鮮の朝鮮中央通信は3月3日、金正恩委員長が、ベトナム・ハノイ訪問の結果について「満足の意」を示し、専用列車で帰国の途に就いたことを報じたが、米朝会談の決裂については報道しなかった。米朝会談の失敗をベトナム政府の歓待宣伝で糊塗(こと)するほかなかったようだ。金正恩委員長の帰国列車は中国を最短で北上し、3月5日午前3時に平壌駅に到着した。労働新聞は「わが党と国家、軍隊の最高領導者の金正恩同志がベトナム公式親善訪問を成果的に終え、祖国に到着した」と報じ、平壌駅に到着した写真を掲載した。
▲写真 第2回米朝首脳会談 出典:Flickr; The White House
トランプ大統領と金正恩委員長による2回目の米朝首脳会談が決裂したことで、金正恩委員長の権威は傷つきトップダウン外交は破たんした。首脳の合意を引き出しその上で細かい内容を詰める形の「トップダウン外交」は、首領独裁制の北朝鮮にとって極めて危険な手法であったが、金正恩委員長の野心と焦りがそれを強行させ、結局その権威に大きな痛手をもたらした。
1994年のジュネーブ合意、2005年の6者協議合意などと異なるやり方で金正恩体制を盤石にしようとした金委員長の冒険は完全に裏目に出た。トップダウン方式は最終的に指導者の力量に依存するところとなるが、未熟な金正恩ではまだ無理だったようだ。
金正恩委員長はトランプ大統領の弱みにつけ込み、包括的な制裁緩和を勝ち取ろうとしたが、米国の権力システムや国内状況にあまりにも疎かったたようだ。米国は韓国などとは違い、大統領に対する議会の牽制もあり国益重視で動く官僚たちも多い。また言論の自由も保障されマスメディアの活動も活発だ。
第1回米朝首脳会談では、トランプ大統領の個人プレイによって金正恩委員長があたかも熟達した指導者のように映ったが、具体的問題での真剣勝負になるとやはり30代の未熟なリーダーに過ぎなかった。
▲写真 平壌の中心地金日成広場前に立地する朝鮮労働党本部 出典:Flickr; Mark Fahey
4)金正恩の怒りの矛先は
金正恩委員長はいま怒りに震えているに違いない。その怒りが新たな失策を呼ぶ可能性は十分考えられる。問題はその矛先だ。
まず責任転嫁のために幹部の誰かをスケープゴートにするだろう。そうした粛清に米朝合意決裂の情報流入が重なれば予想外の事態に発展する可能性がある。早くも労働新聞は「金正恩中心の一心団結」を強調し始めた。
次に米国に対する復讐だ。今のところすぐには対決路線に出ることはないと思われるが、新年辞で語った「他の道」の模索に入るかも知れない。
そして文在寅政権の利用だ。今回の米朝会談決裂で打撃が大きかった文在寅大統領だが、相変わらず金正恩擁護の発言を繰り返している。金正恩委員長は文在寅政権に米国から得られなかった対価の補てんを要求してくるだろう。少なくとも開城工団と金剛山観光の再開は求めるはずだ。北朝鮮第1主義の文在寅大統領もそれに答えるために、さらに様々な悪知恵を巡らすと思われる。だが、それは韓国民の反発を呼び起こしことになり、政権のレイムダック化を深めるだろう。
朝鮮半島情勢は、平昌五輪以後の「和平モード」から反転し再び「緊張モード」に逆戻りする可能性が出てきた。第2回米朝首脳会談の決裂は、東アジア情勢に新たな局面を作り出している。
(全2回。1はこちら)
トップ写真:米朝首脳会談後の記者会見 出典:The White House
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統