米朝関係、何でも起こりうる
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2019 #11」
2019年3月11-17日
【まとめ】
・今後の米朝関係は何が起こっても不思議ではない。
・「反中」と言われるSバノン元首席戦略官の本質とは。
・習主席の発言から見て取れる、中国・貧困地域に山積する問題。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=44643でお読みください。】
先週末泊りがけで24時間、キヤノングローバル戦略研究所が政策シミュレーションを実施した。今回のお題は「インド太平洋は新しい戦略空間になるか?」という実にマニアックなもの。インド洋のスリランカ、モルディブだけでなく、アンダマン諸島やココ諸島といった専門家しか知らないような地名が乱れ飛ぶ珍しいゲームとなった。
同シミュレーションの総括は今週のJapan Timesと産経新聞にそれぞれ書いたので関心があれば一読願いたい。2009年に設立されたキヤノングローバル戦略研究所は今年が創立10周年、今回のシミュレーションも第30回目という節目になった。よくぞ30回もできたものだ。ご参加・ご支援くださった皆様には心から御礼申し上げる。
先週あれほど大騒ぎだった北朝鮮問題も、今週ばかりは静かだった。外交実務を経験した筆者から見れば、今回の米朝交渉は全てが異例だ。仮に今回決裂していなくても、いずれ一度は決裂する運命にあったと考える。普通なら相当の冷却期間が必要なのだろうが、何しろ相手はトランプと金正恩だからAnything goes!だ。
トランプ氏といえば、先日共同通信のご好意でSバノン元ホワイトハウス首席戦略官に会えた。大テーブルでの食事会でじっくり話せなかったが、とにかく頭の良い思想家・革命家だと感じた。彼の「反中国」「経済ナショナリスト」「ポピュリスト」的基本姿勢は今も全くブレていない。その意味で、やはり彼は「政治家」ではないのだろう。
▲写真 スティーブン・バノン氏 出典:Flickr; Michael Vadon
彼の中国に対する警戒感は実に強烈だから、日本の保守層にファンが多いのかもしれない。だが、彼の本質は単なる「反中」ではない。彼が「反中」である理由を正確に理解しないと、日本の反中派・嫌中派はSバノンを読み誤ることになる。2020年の米大統領選挙で彼は何をするのか、しないのか。彼の真価が問われるのはその時だ。
〇 アジア
北京で全国人民代表大会(全人代)が開かれている。習主席は「2020年末までに全地域を貧困から脱却させる目標を必ず達成する」よう要請し、「衣食の心配がなく、義務教育、医療、住宅が保障されていることが貧困脱却の基準だ。これを引き下げてはならない」と全人代で命令し、背いた幹部は徹底的に取り締まると強調したそうだ。
▲写真 習近平主席 出典:Flickr; zhenghu feng
でも、これって、中間幹部が可哀そう過ぎないか。衣食も、教育も、医療も、住宅も保障なんて出来る訳がないからだ。筆者の短い経験上、中国の指導者が「○○しなければならない」と強調する時は、実際には「○○が実行されていない」ことを意味する。ということは衣食から医療、住宅までまだ貧困地域には問題が山積みということだ。
〇 欧州・ロシア
離脱か、残留か、または決断延期か?ハムレット以上に複雑な選択肢が英国首相を悩ませている。しかし、元はといえば、メイ首相自身が打った解散総選挙に敗北したことが全ての始まりだから、自業自得ともいえる。しかし、問題は彼女だけではなく、英国そのものが疑問視され始めたこと。3月29日の期限まで時間はあまりにも短い。
〇 中東
理由は不明だが、最近中東からの大きなニュースが少ない。強いて言えば、先週8日、米国の中東和平交渉担当特使の一人がテロリストを支援しているとしてパレスチナ自治政府を厳しく批判したというニュースぐらいか。だが、これも別に目新しくない。米政府がパレスチナ問題に関心を失って久しいが、状況は悪化するばかり。注目すべきは、11日にイラン大統領がイラクを訪問することぐらいか。
〇 南北アメリカ
米大統領が相変わらず迷走中だ。今度はメキシコ国境「壁」建設に2020年度予算で86億ドルも要求するそうだ。国家非常事態宣言で使った国防省予算の穴埋めをするのだろう。昨年の要求額57億ドルを大幅に上回るが、昨年は議会側が反発し35日間の米政府一部閉鎖に繋がった。今回の要求により議会との対立再開は必至だろう。
〇 インド亜大陸
11日にインドの総選挙日程が発表された。4月11日から5月19日まで7週間かけて全土で実施されるという。最近のパキスタンとの緊張拡大が選挙戦術とは思いたくないが、現首相は再選を狙っている。どうなることやら。有権者9億人の民主主義、というだけで凄いと思う。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:トランプ大統領 出典:AIR NATIONAL GUARD
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。