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.経済  投稿日:2019/9/25

次世代高専設立、神山町


出町譲(経済ジャーナリスト・作家、テレビ朝日報道局勤務)

「出町譲の現場発!ニッポン再興」

【まとめ】

Sansan社長寺田親弘氏、徳島県神山町に「次世代型高専」設立へ。

・神山町の最大の特色は、移住希望者を逆指名すること。

・地域も前例がないことにおびえて、何も挑戦しないと、衰退する。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見れないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=48071でお読みください。】

 

徳島県の神山町は光ファイバー網の整備で、全国からサテライト・オフィスが殺到しているが、私は新たな動きに度肝を抜かれた。「次世代型の高専」の設立に動き出したからだ。私立の高専としては全国で4校目となる。

▲図 神山町の地図 出典:神山町

2023年開校を目指す。学校名称は「神山まるごと高専」を予定している。修学期間は5年。全寮制となる見通しで、1学年の定員40人とする計画だという。

高専設立の言い出しっぺは、神山町にサテライト・オフィスを置く、名刺管理ソフトの会社Sansan社長の寺田親弘。AI(人工知能)、デザイン、アートなど専門技術を学ぶだけでなく、起業家精神をもった人材を育成する方針だ。

設立にかかる資金は、一部は寺田が個人で拠出する方針だ。町は学校や寮の用地の提供で協力するが、資金は小口の寄付を含めた幅広く募る。

神山町は人口わずか5300人。全国の過疎地では、高校の閉鎖が相次いでいるのに、神山町は高専ができる。突出した動きは、驚くばかりだ。起業家精神旺盛な神山町に種をまいたのは、NPO法人「グリーンバレー」の前理事長、大南信也だ。大南自身、次世代高専の設立準備委員会のメンバーに名を連ねる。

神山町の最大の特色は、移住希望者を逆指名すること。大南はかつて私にこう言った。

「移住希望者をみんな受け入れているわけではありません。できるだけ地域にいい変化を起こしてくれそうな人たちに移住してもらいたい。『IT企業を起こしませんか』『パン屋をやりませんか』と、町に必要と思われるような人を逆指名しているのです。」

Sansan以外にも、IT企業などが次々にサテライト・オフィスを構え、今では進出企業は16社になる。光ファイバーが整備されていることが追い風となっている。

また、店舗を開く人も多い。大阪で自然食品のバイヤーをしていた家族が移住し、地元の食材を使ったピザ店を出店した。地元の人が愛用している。

また靴職人の移住者もいる。愛知県出身の男性は、ドイツで修業し、帰国後は神奈川県などで靴づくりをしていた。妻と一緒に神山町に移住したのは2015年1月だ。客が来店し、寸法をはかり、その人にあった靴づくりをする。遠方から来る人が、この店で靴を購入するためには、寸法を測る必要があり、1泊するケースも多い。「県外からもこの靴を求めて買いに来るお客さんもいます。そうなると、泊まったり、食べたりしてまたお金が落ちるのです」(大南)。

▲写真 靴屋 提供:筆者

それでは大南はどんな経歴なのか。アメリカの大学院を卒業後、地元に戻り、公共事業などを手掛ける家業の建設業を継いだ。「地域で産業らしい産業といえば、道路などの工事を請け負う建設業です。私自身も、そうです。私たちは、過疎を食い止めるために道路を作っていました。しかし、便利になると毎年引っ越す人が出てきて、結果的には過疎が進行していく」。こんな様子を見て、町づくりの旗振り役となった。

過疎化に対して危機感を抱いていた神山町役場も、大南の動きを支援した。その結果、神山町への移住者は220人以上に上る。神山町の人口は5300人ほどなので、全体の4%ほどが移住者になる。

大南は「創造的過疎」という概念を提唱する。それは、人口減の流れには無理に逆らわず、若者などを呼び込み、人口構成の健全化を図るものだ。農林業だけに頼らず、地域で多様な働き方ができるようにしたいという。「やったらええんちゃう」が口癖でとにかく行動を重視する。多少失敗しても軌道修正すればいいという考えなのだ。

私はふと駆け出し記者のころを思い出した。サントリーを取材していた際によく聞いた言葉「やってみなはれ」だ。創業者の鳥井信治郎の言葉である。まずは実行第一という考え方だ。誰もが不可能だと思われていた日本でのウイスキー事業も「やってみなはれ」スピリットがあったからだという。アメリカの巨大蒸留酒メーカーを買収し、世界のトップメーカーになろうとしているのも、創業者の魂がベースにあるという。

結局、企業経営も地域づくりも同じだと思う。前例がないことにおびえて、何も挑戦しないと、衰退する。とがったリーダーの情熱と行動こそが、変革を呼び起こす。神山町の成功体験はそれを物語る。大南の動きが火種となり、移住者殺到、さらには高専設立と次々に新たな展開を呼び起こす。「やってみなはれ」精神は、地方創生の要諦である。(敬称略)

トップ写真:サテライトオフィス。平成16年に四国で初めて全戸に光ファイバーを整備し、都会より快適にインターネットが利用できる。 提供:筆者


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